<「見えない神」を観じることが神想観の焦点的的あて>
自分の周囲の環境はもとより、
海も山も空も星も
土も空気も、
家族も知り合いも含め、
一切合切が自分の「いのち」の展開であります。
私の誕生時から現在まで、
私の環境世界は全部私のいのちの展開でありまして、
それが巻き収められた一巻の理念的原型を
「実相世界」というのであります。
「万物はこれ神の心・神のコトバ」であります。
これは珠玉の水晶玉のような円満完全それ自体なのです。
実相を観じるというのは、
この「無」または「空」なるもの奥にある「神の国」を
観じることであります。
ですから「見えない神」を観じることが神想観の焦点的的あてなので、
これに成功すればOKということになります。
私は今このことに取り組んでいますが、
実相を正観しなければ実相は顕われませんと、
雅春先生はおっしゃっております。