「金の指環」が“金”そのものであるように「人間」は“神性”「そのもの」であって、それ以外の何ものでもあり得ないのである。
人間は「神の子」つまり「神の肖像」たる実相身だから、
永遠に砕けたりできるものではないのである。
本当の自分は久遠不滅です。
(神と偕に生きる真理365章 谷口雅春)
【“人間は「金の指環」のようなものである”と言った人がある。「金の指環」の“金”は、指環から取り離すことができないように、それは指環の本質を成しているのである。“金”を離れて「金の指環」は存在し得ないように、“神性”を離れて「人間」は存在し得ないのである。「金の指環」が“金”そのものであるように「人間」は“神性”「そのもの」であって、それ以外の何ものでもあり得ないのである。「金の指環」の「指環」としての形は一時的のものに過ぎない。「神なる人間」が「肉体的形態」をしているのも一時的であるに過ぎない。指環としての形はくだけても「金」はくだけないのである。それと同じように「肉体的な形はくだけても「人間そのもの」(神性)は永遠にくだけるものではないのである。】