gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

新約聖書「ルカによる福音書」

2018-10-03 21:54:07 | 日記
ルカによる福音書(日本聖書協会)
<第4章>巡回して宣教する
43 しかし、イエスは言われた。「ほかの町にも神の国の福音を告げ知らせなければならない。わたしはそのために遣わされたのだ。」
44 そして、ユダヤの諸会堂に行って宣教された。

この行事(祈り)によって人間は、肉なる人間でなくなり、神なる人間に変貌する

2018-10-03 12:06:29 | 日記
祈ることによって
人間は“神の子”(仏子)なるものに
変貌する。
これは神が人間に与えた、大いなる、甘き約束である。
(参考 祈りの科学 谷口雅春 日本教文社)
【されば、どんな大きな問題であろうと、小さな問題であろうと、祈ることによって神にその問題を預けて、その導きを受けよ。神は無限大にして同時に無限小の中にも充満し給うのである。祈りに対する神の導きは必ず諸君に来るのである。夜の静かなる時に祈る習慣をつけよ。神は昼に、日中に、諸君の日常生活の中にその答えを示し給うであろう。「神は吾が願いをきき給えり。神は吾が祈りをきき給う。」という詩篇第六第九節の言葉をその祈りの最初又は後に念じて、その祈りが必ず実現することを信ずるようにすればその効果が多いということをマン女子はすすめているのである。】
【これが人類に与えられた神の約束なのである。大いなる甘き約束よ。記憶せよ、祈りは宇宙の大生命なる父、すべての人類の御親なる神を想い起こし、神に感謝し、神に任せ切り、神のみ心を知り、神の導きを受け、神そのものの生活を実現せんがための意識的行事であるのである。この行事によって人間は、肉なる人間でなくなり、神なる人間に変貌する。そして同時に世界が新たなるものに変貌するのである。】

神の子の理念は不壊不滅

2018-10-03 09:55:42 | 日記
現象世界の裏が“実相”(神)なのだと
感じるようになり、
神想観をする際に、
実相を実在するものであるとの感覚が強くなってきました。
今朝がたトイレにいくので目が覚めた時に、
現象世界はナシで実相があるのだと
分りました。
勿論自分も実相であったのです。
というより自分の実相と現象世界の実相とは一つです。
では幼少時よりずっとこの
「現象は実相」という状態で経過してきたのかと
思いをめぐらすと、
先日ブログ投稿した部分に思い至りましたので、
そのポイントの部分をもう一度掲載します。
つまり時間空間世界における実相のあり方についてです。
(参考 神癒への道 谷口雅春 日本教文社)
【「肉体」が単なる物理化学的法則に従って変化する以上の働きをもっており、いくら消耗しても、あとからあとからと、一定の「人間模型」とでもいうべき形にまで栄養を補給して自然治癒又は新陳代謝して行く働きは、「精神的模型」(理念)ともいうべきものに、その「物理的変化」が支配され、指導されていることが明らかであります。即ちその「物理化学的変化」は従位であって、「精神的模型」が優位であってその物質的変化を指導するのであります。その指導が誤られると、誤った方向に、肉体の物理化学的変化が導かれて行くために、肉体の病的状態を現わすのであります。】
つまり実相が神の理念であるから
この現象の世も初めから理念の世界です。
どの人間にも顔が一つ目が二つ口鼻が一つであるように、
神の理念である人間は
あらゆる点で“神の子”の生き方としてのあり方(理念)を
共通にもっているのだと思われます。
それは例えば「天地一切のものに和解せよ」であるとか
「実相円満完全」であるとか、
人間が共通にもっている5つの願い(真理の吟唱)であるとか、
その他にもいろいろあるかと思います。
こういう理念的存在としての現象人間のあり方について
「神癒への道」にはまた次の記述があります。
(参考『神癒への道』(谷口雅春)日本教文社)
【詰りガスの火の形はガス“そのもの”でないのであって設計家の心の中にある。それと同じく人間の形は肉体そのものの中にあるのじゃないのであって、人間を設計した神様の心の中にある。その心的存在即ち「理念の人間」が本当の人間であって、「人間」とは神様の心に描かれたところの姿なのであります。即ち「理念」でありますから、人間は砕けようがないのです。即ち永遠不滅の人間であって、釈迦が涅槃経で説いた、仏身、法身、金剛不壊身、非雑食身であって、決して食べ物をこね上げて造ったものではないのであります。
しかし、その実相身、法身は五官の方からは見えない。五官の方から見えるのは、そこから映し出された影の方ばかりである。影の方は映画のようになって、養分が交替して見えているのであるから、やがて交替が止れば死んでしまうということになっているのであります。そういうわけで吾々の本当のいのちというものは死なないものである。永遠の存在であるということを釈迦もキリストも言ったのであります。】
神様の心の中にある人間は
設計家が心に描いた“ガスの火の形”みたいに
永遠に壊けず同型で存在するのであるから、
この理念である“神の子”の完全さは
やはり不壊不滅なるものであります。
この“神の子”の生き方をキリストや釈迦が説き、
米国の光明思想が説き、
谷口雅春先生が説いているのです。
「現象ナシ実相あるのみ」唯神実相哲学の生き方です。