白露
2014-09-08 | 行事
日本には何月何日というデシタルな暦とともに、「立春」とか「清明」「白露」などの美しい言葉で示される「二十四節気」という暦がある。
四季に恵まれた日本では、「二十四節気」によって、自然の再生・循環と季節の移ろいを身体全体で感じ、 自然との共生をしてきた。
その節気の一つ一つをさらに三等分し最初の五日間を初候(一候)、次の五日間を次候(二候)、最後の五日間を末候(三候)として、一年間を七十二等分したものを七十二候という。
「七十二候」は、二十四節気と同様、それぞれの季節にふさわしい名を付けて時候の推移をあらわしたもの。一候の長さは、ほぼ五日間であるが、もともとは中国で考えられたものであるため、日本との季節の相違による不都合が生じ、江戸時代に入って囲碁棋士であり天文暦学者でもある渋川春海(※1参照)らによって日本の気候 風土に合うように改訂されたものが「本朝七十二候」である。そして、土用、彼岸などの雑節も設けられた(節季・雑節等については※2参照)。
因みに冲方丁による江戸時代に日本初の暦作りに挑戦した実在の人物安井算哲(後の渋川春海)の生涯を描いた時代小説『天地明察』が第31回吉川英治文学新人賞、第7回本屋大賞を受賞し、2年前(2012年)には、『おくりびと』の滝田洋二郎監督で映画化(主演は今人気のV6の岡田准一)もされているので、このような暦にも興味を持つ人が増えたかもしれない。以下はその映画チラシである。映画あらすじなどは※3Movie Walkerを参照されるとよい。
上掲は「天地明察」の映画のチラシ。
今日は二十四節気の第15「白露(はくろ)」、八月節(旧暦8月の節気。新暦では9月8日頃~9月22日頃)にあたる。現在広まっている定気法では太陽黄経が165度のときで、例年9月8日ごろであるが、2014年は、9月8日である。
野の草に宿る白露(しらつゆ)も、秋の風情を感じさせるようになる頃。白露とは露(つゆ)の美称,で、露が玉のように白く輝いている様子をいう。夜の内、大気が冷え込むようになり、朝がた草木の葉先に水晶の玉のような美しい露が宿ることが多くなる。
『暦便覧』(著者:太玄斎他。※4参照)では、「陰気(いんき)やうやく重りて、露にごりて白色となれば也」と説明している。
日中はまだ汗ばむような暑さが残るが、この頃になるとさすがに朝夕僅に涼しくなり、日、一日と秋の気配が深まっていく頃。しかし、今年は例年異常に秋は早く来ているが、それにしても、白露とはいかにも日本的な美しい言葉ではある。
万葉集にも白露(しらつゆ)を詠んだ歌は多くある(※5参照)が、小倉百人一首第37番には文屋朝康の以下の歌が選ばれている。
「白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける」
上掲の画像は「百人一首」文屋朝康。
この「白露に・・・」(後撰308)の歌の、
【通釈】草の上の白露に風がしきりと吹きつける秋の野とは、緒で貫き通していない玉が散り乱れるものだったのだ。
【語釈】◇白露 大気中の水蒸気が葉の上などに凝結したもの。和歌では涙の喩えやはかないものの象徴ともなる。◇吹きしく 「しく」は「事が重なって起きる」意。◇つらぬきとめぬ玉 緒で通して留めていない玉。白い玉と言えば真珠を指すことが多かったようであるが、この歌では数珠を連想させられるので、玻璃珠(水晶玉)や白珊瑚の珠などを思い浮かべても良いか・・という。
【補記】草葉の上の白露が風に吹き散らされる情景を、玉の散り乱れる様に喩えている。
ただ、この歌は、寛平元年(889年)の「寛平御時后宮歌合」(※6、※7参照)、同5年の「新撰万葉集」に見える歌(参考※6の「寛平御時后宮歌合」の00090、「新撰万葉集」。00087参照)である。
後撰集の詞書に「延喜御時、歌召しければ」としているが、「延喜御時」は 醍醐天皇の御代(897年~930年)であり、後撰集の詞書には疑問がありそうだ。
文屋朝康(ふんやのあさやす)は、六歌仙・中古三十六歌仙の一人縫殿助 文屋康秀の子。
『是貞親王家歌合』(※6参照)の作者として出詠するなど、『古今和歌集』成立直前の歌壇で活躍している。
しかし、勅撰和歌集には、『古今和歌集』に1首と『後撰和歌集』に2首が入集しているに過ぎない。
宇多・醍醐朝の卑官(階級の低い官)の専門歌人のようだ。歌の解釈等は以下も含め、参考※8:「千人万首」を参考。
冒頭に掲載の写真は葉の上の露。
後撰集にはもう一句、」「題しらず」として、以下の歌がよまれている。
「浪わけて見るよしもがなわたつみの底のみるめも紅葉ちるやと」(後撰417)
【通釈】わたつみは海のこと。波を分けて見てみたいものだ。海の底を見れば、みるめ(海松布)も紅葉して散っているのかと想いを馳せた歌。
【補記】紅葉した木の葉が散り始める頃、海底でも同じ様な現象が見られるのかと思いを馳せた歌。
そして、古今集には「是貞のみこの家の歌合の家の歌合によめる」歌として次の一首が掲載されている。
「秋の野におく白露は玉なれやつらぬきかくる蜘蛛の糸すぢ」(古今225)
【通釈】秋の野に置く露は玉だろうか。つらぬいて通す蜘蛛の糸すじよ。
【補記】蜘蛛の掛け渡した糸に白露が掛かっている情景を、緒に貫いた玉に見立てた。
「是貞親王(これさだのみこ)は平安時代前期の皇族。光孝天皇の第二皇子。『新撰万葉集』の編纂に先立って宇多天皇より託されて、その元となる『是貞親王家歌合』の撰定を行っている。この歌合は寛平4年(892年)頃催された。
上掲の画像は、クモの網に結露した露。Wikipediaより。
露は木の葉、草の葉につくものである。他の物にも着くが、葉はある程度水をはじく性質があるため、水滴として視認しやすい。特に葉の先端や、鋸歯のある葉ではその突出部に大粒の水滴が見られることがある。また、クモの網に水滴が着くのもよく見られる。特に横糸には粘球があり、この粘球に露が追加される形で大きくなる。朝日を浴びると美しく輝くのが見られる。私の家でも庭木の蜘蛛の巣に露がついている時があるが、綺麗なものだ。
「百人一首」に採りあげられた「白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける」の歌の排列は、第37番歌。
百人一首では朝康が古今集歌人の最後に位置し、次の右近から後撰・拾遺集の時代に移る。
百人秀歌では38番目になり、一つ前の参議等の以下の「浅茅生の…」と合わされることで、恋歌の風趣を帯びる。
「百人一首」参議等
「浅茅生の 小野の篠原 忍ぶれど あまりてなどか 人の恋しき」(後撰577 参議等)(百人秀歌では37、百人一首では39番、※9:『百人一首』・響き合う歌の心」の『百人秀歌』一覧)。
【通釈】浅茅の生えている野原の、篠竹の群落――その篠竹が茅(ちがや)の丈に余って隠れようがないように、忍んでも私の思いは余って、どうしてこうあなたが恋しいのでしょう。
【語釈】浅茅生(あさぢふ) 丈の低いチガヤ(イネ科の多年草)が一面に生えているところ。普通、人の手が入っていない荒れた草地を言う。◇小野 野。野原。「小(を)」はさして意味のない接頭辞。◇篠原 篠竹(細い竹の類)の群落。「原」は「三輪の檜原」(三輪山の檜林)、「庭の萩原」(庭の萩の繁み)などと同じ用法で、ある植物が群をなして生えている場所の意。◇あまりて 忍びあまって。思いを堪えきれずに。◇人 ここでは歌を贈った相手の恋人を指す(※※8:「千人万首」のここ参照)
『百人秀歌』は、藤原定家の撰による歌集である。1951(昭和26)年、有吉保によって存在が明らかになったという。
同じく定家撰の『百人一首』の後に記された物であると言われている。『百人一首』が1首ずつ年代順に記されているのに対し、『百人秀歌』は2首で1組という構成になっている(※10参照)。
秋の晴れた空は高く澄み渡り俗に「天高く馬肥ゆる秋」ともいわれるが、夜が長くなり、月や星を賞でたり、読書にいそしむ・・・いわゆる「読書の秋」でもある。
慣れ親しんだ百人一首の後に記された『百人秀歌』定家が選んだ歌を2首1組で詠んでみるのも面白いかも・・・。
今年(2014年)の中秋の名月(十五夜)は、今日・9月8日(月曜日)でもある。
そして、明日9日は「重陽の節句」である。
食べることよりもお酒の方が大好きな私。今夜は月を見ながら「月見酒」。明日は風流を気取ってコレクションの中のお気に入りの大盃に菊の花びらでも浮かべて菊酒でもいただこうか・・・・。
「草の戸や 日暮れてくれし菊の酒」(松尾芭蕉)
この頃は局地的に急に大雨が降ったりするが、今日・明日天気が良いことを願っている。
参考:
※1:渋川春海 - 国立科学博物館
http://www.kahaku.go.jp/userguide/hotnews/theme.php?id=0001347959426703&p=2
※2:みんなの知識【ちょっと便利帳】 - 二十四節気
http://www.benricho.org/koyomi/24sekki.html
※3:天地明察 | Movie Walker
http://movie.walkerplus.com/mv47754/
※4:国立国会図書館デジタルコレクション - こよみ便覧
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2536637
※5:たのしい万葉集: 白露(しらつゆ)を詠んだ歌
http://www6.airnet.ne.jp/manyo/main/nature/shiratsuyu.html.
※6:和歌 作品集成立年順索引
http://tois.nichibun.ac.jp/database/html2/waka/index_era.html
※7:寛平御時后宮歌合(十巻本) - e国宝
http://www.emuseum.jp/detail/100161/000/000?mode=detail&d_lang=ja&s_lang=ja&class=2&title=&c_e=®ion=&era=¢ury=&cptype=&owner=&pos=9&num=5
※8:千人万首
http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin.html
※9:『百人一首』・響き合う歌の心
http://homepage2.nifty.com/100-1/teika/HYAKUNIN/main.htm
※10:タイトルネーミングの由来 - 明日香の風
http://blog.goo.ne.jp/nose_yo/e/901fb5642870c6bebf67a7180d834618>http://homepage2.nifty.com/100-1/teika/HYAKUNIN/main.htm
こよみのページ
http://koyomi8.com/
国立天文台暦計算室 こよみ用語解説 二十四節気
http://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/faq/24sekki.html
※NPO PTPL ・ PLANT A TREE,PLANT LOVE
http://www.plantatree.gr.jp/
露 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%B2