今日のことあれこれと・・・

記念日や行事・歴史・人物など気の向くままに書いているだけですので、内容についての批難、中傷だけはご容赦ください。

安全カミソリの日

2010-12-02 | 記念日
いつも参考にしている「今日は何の日~毎日が記念日~」で記念日を見ると、今日(12月2日)は「安全カミソリの日」だそうで、“1901(明治34)年、アメリカ人のジレットが替え刃式の安全カミソリを考案し、特許をとったことによる”・・・とあった。
安全剃刀 (カミソリ。safety razor)とは刃を安全な角度で固定し、皮膚に食い込まないようにした剃刀であり、通常の剃刀に比較して「安全」であるためこう呼ばれている。多くはT字型でありT字の上の辺に刃が付いて縦の辺が持ち手になっており、このため「T字カミソリ」、「T型カミソリ」(丁字型とも)と呼ばれることがある。刃としては、非常に薄い鋼(はがね)製の刃が用いられている。
現在主流の安全剃刀は刃をプラスチックの柄と一体化させた使い捨てのものと替え刃を柄に取り付けて使用するもがある。
フリー百科事典Wikipediaによれば、最初の安全剃刀は18世紀末にフランス人によって発明されたようだが、1870年代ごろから鍬(くわ)形のハンドルに片刃の剃刀を装着した形のものがイギリスやドイツで出回るようになるが、この時代の安全剃刀はまだ本当に「安全」とは言えないものだった。
1880(明治13)年、アメリカでKampfe Brothersが安全剃刀の特許を取得し、そこには「小さな刃は適当なフレームで保持され、刃の先端が皮膚に食い込むことを防止するガードがついている」とあるそうだ。
そして、アメリカの容器・包装材メーカー(現在のクラウン・ホールディングス)のセールスマンであったキング・キャンプ・ジレット(King Camp Gillette)は、王冠栓を発明した雇い主ウィリアム・ペインター(William Painter)の「使い捨て製品を発売すれば客が安定する」との言葉をヒントに、安全締具の間にごく薄い鋼の刃を挟む現在の使い捨て式の安全剃刀のアイディアが閃いたのが、1885(明治18)年のことだという。その後いろいろ自らその開発に取り組むが、最大の問題は、薄いハガネ()で焼きを入れても曲がらない材料を探すことだったようだ。
このアイディアを実現すべく、ジレットは1901(明治34)年12月3日に特許を申請し、1904(明治37)年11月15日にアメリカ合衆国特許 #775,134が発効した。・・・・とWikipedia
にある。
「今日は何の日~毎日が記念日~」では、「12月2日に特許をとった」・・・とあり、フリー百科事典Wikipediaとの間には、特許取得日に違いがあるが、記念日の日付の違いなどは私には余り関心がないので気にはしておらず、その点は悪しからず。
今日このテーマーでブログを書く気になったのは、安全剃刀そのもののことではなく、剃刀本体を安く売れば、替え刃の市場が生まれてそこで利益を上げられることを思いついたジレットの発想力が気に入っているからである。それが「剃刀と替え刃のビジネスモデル」あるいはロスリーダーなどと呼ばれて、その後様々な製品に応用されるようになった。
私は現役時代ずっと、商業の世界で過ごしてきたが、商売で最も重視されるのは、今、あるものをどう売るかよりも売った後のリピーター(repeater。同じ商品を気に入って再度購入する人)をどう確保するかにある。
新規の顧客を発掘することが困難になった現代の日本の成熟した市場では特にそうだ。新期の顧客が増やせない限り、既存の顧客に気に入ってもらいその製品のファンになってもらうしかない。そうすることによって安定した売る上げを確保することが出来る。そんな、リピーターの確保方法で最も成功したのがジレットのこの「ビジネスモデル」である。
ジレットは、髭剃り用剃刀の柄だけを安価で提供し、その後、消耗品である替え刃を購入してもらうことによって儲けるというビジネスを確立した。ジレットの柄に合う替え刃はジレット製の替え刃しかないのだから、必然的にジレットのリピーターになるというわけである。
このジレットのビジネスモデルを完全に実行して成功しているのがキャノンである。
キャノンは、カメラ、ビデオをはじめとする映像機器、プリンタ、複写機をはじめとする事務機器、デジタルマルチメディア機器や半導体露光装置(ステッパー)などを製造する日本を代表する電気機器メーカーであるが、キヤノンの前身は、1933(昭和8)年に創立された精機光学研究所であり、高級カメラの製作を目的として研究を重ねてきた会社であり、社名も世界に通用するカメラのブランド名Canon(キヤノン)が採用されてきた。しかし、今流行のデジタルカメラの出現する前は、カメラ事業は一時縮小傾向にあり、2004年末現在では総売上の大半を事務機器部門が上げていたという。1960年代に複写機の開発を開始。それまで米・ゼロックスが特許を盾に市場を独占していたが、ゼロックスの特許を全く使わずに、独自の電子写真方式「NP方式」の開発に成功し、1969年以後複写機の分野ではゼロックスと並ぶシェアを占めるようになる。又、1985(昭和60)年から「バブルジェット方式」(サーマル方式インクジェット)を採用した「BJプリンタ」を発売。オフィスから家庭まで幅広く普及している。私もそうだが正月を前にして今、この「BJプリンタ」を利用した年賀状作りをしている人が多いのではないかと思うが、今やこのプリンターは現在のキヤノンの売上げの大きな核となっている。
キャノンは、このようなコピー機やプリンターの本体を安く販売し、その後、複写機のトナーやプリンターのインクで儲ける仕組みを作って成功している。
キャノン以外でも、携帯電話の世界でも携帯端末を非常な安価時には0円で販売し、その後の通話料で利益を得る、又、ゲーム機の世界でもゲーム本体は赤字覚悟で安く売り、ソフトの販売で利益を取り返すといった、時レットの方式が採用されているのである。これは、チェーンストアーの価格政策などにも用いられるロスリーダー(集客数を上げるために、収益を度外視した極端な低価格で販売する目玉商品)にも見られる。特に価格弾力性(以下参考に記載の星参照)の高い商品を低価格設定をすることにより、その商品を目当ての来る客を誘い。原価割れなどにより目玉商品では利益が出なくても、他の商品の関連購買を誘うことによって、その損失を取り返しを狙う戦略である。そして、それを繰り返すことによって、消費者は、その店の固定客かするのである。チェーンストアーは小売業であるが、米国式の非常に科学的な管理によって薄利でも多売することによって利益を上げるシステムが出来ているのである。こういった画期的なビジネスモデルがジレットによってつくられたことに興味があったのでこのブログを書く気になった。
日本で、何時、安全剃刀が使われだしたのか・・・?
物理学者で、俳人でもある随筆家寺田寅彦の随筆『寺詩と官能』の中に、以下のような文がある。
「近ごろ、夕飯の食卓で子供らと昔話をしていたとき、かつて自分がN先生とI君と三人で大島(おおしま)三原山(みはらやま)の調査のために火口原にテント生活をしたときの話が出たが、それが明治何年ごろの事だったかつい忘れてしまってちょっと思い出せなかった。ところが、その三原山(みはらやま)行きの糧食としてN先生が青木堂(あおきどう)で買って持って行ったバン・フーテンのココア、それからプチ・ポアの罐詰(かんづめ)やコーンド・ビーフのことを思い出したので、やっとそれが明治四十二年すなわち自分の外国留学よりは以前のことであって帰朝後ではなかったことがわかった。なぜかというと、洋行前にはそんなハイカラな食物などは存在さえも知らなかったのを洋行帰りのN先生からはじめて教わりごちそうになり、それと同時にいろいろと西洋の話などをも聞かされた。そのためにこれらの食物と、まだ見ぬ西洋へのあこがれの夢とが不思議な縁故で結びついてしまったのであった。一日山上で労働して後に味わったそれらの食物のうまかったことは言うまでもない。
そのテント生活中にN先生に安全剃刀(かみそり)でひげを剃(そ)ってもらったのを覚えている。それは剃刀が切れ味があまりよくなくて少し痛かったせいもあるが、それまで一度も安全剃刀というものの体験をもたなかったためにそれがたいそう珍しく新しく感じられたせいもあるらしい。その剃刀が先生のゲッチンゲン大学時代に求めた将来ものだというのでいっそう感心したものらしい。
とにかく、もし自分の留学後だったらバン・フーテンや安全剃刀にも別に驚かなかったはずであるから、それでこの三原山生活の年代の決定が確実にできたわけである。」(以下参考に記載の※2:青空文庫参照)
ゲッチンゲン大学とは、ドイツにある大学であり、N先生はそこで購入したものを、1909(明治42)年以前から日本で使用していたらしい。ジレットの安全剃刀は、1904(明治37)年にアメリカで特許をとり、新型を発売すると売り上げが急増したとあり、それがドイツに伝わったものを購入したのか、それとも、ジレットではなくドイツのメーカーのものを購入してきたのかは知らないが、ジレットの安全剃刀が発明されて間なしに使用していたことになる。
Wikipediaによれば、日本では、現在東京都千代田区に本社を置く貝印(貝印株式会社)や大阪市北区大淀南に本社を置くフェザー(フェザー安全剃刀株式会社)が共に1932(昭和 7)年より安全剃刀を日本で初めて製造を始めたとなっている。この両社は共に「関の孫六」の名刀で知られる岐阜県関市の出である。
仕事の出来る人のことを「切れ者」と言うが、それは、良く切れるから「カミソリ」と言うのだが、由来は、仏教伝来以降の生産された、柄と一体化した片刃のカミソリ(日本剃刀)は、文字通り坊主頭にするために髪の毛を剃る「剃毛」の為に使われる法具として長らく使い続けられていたことによる。これら優秀な日本剃刀は日本刀の製法に基づき手づくりで作られていたが、関市は、そんな刃物の街としての伝統を受け継いできたところである。
貝印は、使い捨てカミソリでは国内トップのシェアを持ち、1998(平成10)年には、世界初の替刃式3枚刃カミソリを開発・発売しているようだ。フェザーは、一般用カミソリも製造してはいるがシェアはシックや貝印が強いことから、ホテルなど宿泊滞在用の簡易剃刀などに特化しているようだ。
なお、ジレットの日本での事業展開は、1944(昭和19)年6月27日に「ジレットジャパンインコーポレイテッド」の設立(外国籍企業)に始まるらしいが、第二次世界大戦後、シックブランドの製品が輸入され、日本の髭剃りに革新的な進歩をもたらし、2006年現在、日本でのシェアは1位を占めているという。(世界全体で見れば、剃刀ではP&Gグループのジレット社が最大手で、シックは2番手だそうである)。
ただ、ネットで検索していたら、以下参考に記載の3:「カミソリ倶楽部-ネットミュージアム」には、“日本で初めてT型カミソリの誕生は、1890(明治23)年のことであり、その考案者は、小泉 久衛門、製作者は谷藤 辰三郎”・・とある。そうだとすれば、日本では、貝印やフェザーより42年も前につくられていたことになるのだが・・・・、その後どうなったんだろう?
剃刀と言えば、「オッカムの剃刀」ということばがあるが、なかなか難しいので良くわからないが、結論的には「ある事柄を説明するためには、冗長さを省いた、より簡潔で明快な説明が良い」とする理論のようである。
もともとスコラ哲学にあり、14世紀の哲学者・神学者の<
a href=http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%A0%E3%81%AE%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0>オッカム(William of Ockham)が多用したことで有名になったそうだ。
私も、「安全カミソリ」のことを書くのにこれ以上、不必要なことを書くのは避けた方が良さそうだ。
(冒頭の画像は、ジレット安全剃刀の特許(#775,134)の図。Wikipediaより)
参考:
※1:価格弾力性とは - MBA用語 Weblio辞書
http://www.weblio.jp/content/%E4%BE%A1%E6%A0%BC%E5%BC%BE%E5%8A%9B%E6%80%A7
※2:青空文庫:寺田寅彦 詩と官能
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2503_9318.html
※3:カミソリ倶楽部-ネットミュージアム-
http://www.kamisoriclub.co.jp/netmuseum/time.htm
ジレット - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88
Gillette | ジレットの歩み
http://www.gillette-jp.com/corp/gillette_product.html
[PDF] Page 1 2003年2月10日 ニュースリリース 世界 No.1 ブランド-ジレット「トライアル キャンペーン」
http://www.gillette-jp.com/press/gillette/2003/pdf/gillette_spring_campaign.pdf
王冠栓小史 - brillat savarin の 麦酒天国
http://blogs.yahoo.co.jp/brillat_savarin_1/29389229.html
剃刀(かみそり)- Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%83%E5%88%80
「オッカムの剃刀」神話の成立
http://homepage2.nifty.com/delphica/medieval/occumsrazor.html
今日は何の日~毎日が記念日~:12月2日
http://www.nnh.to/12/02.html