伝統ある英国の10吋ユニットで聴く、音楽の父のJ.S.バッハ音楽を知る喜び・・・

音楽好きのIIILZ Monitor Goldユニットの箱を改良して楽しむダメオヤジ金ちゃんです。

グスタフ・レオンハルト (Gustav Leonhardt)の透き通るようなバッハのチェンバロ演奏を聴き直してみる。

2019年11月17日 | クラシック音楽・オーディオ

音楽ファンでもありオーディオファンでもある筆者は現在自宅の自分の部屋で響く、オールドタンノイⅢLZが上手く鳴るようなレコード、CD、ハイレゾ等から曲を選び聴いている。

特に今回鍵盤楽器奏者、グスタフ・レオンハルト聴きだしてから随分永い間聴いている。もちろん新しい演奏者も良いが、この時代の演奏には現代とは又違った風合いがある。

少し前の本ですが、「真空管・オーディオ活用の奥義」なる本を購入暇な時に参考にと読もうと思い買ったが・・・・あまり参考にはならない様だった。

菅野沖彦のレコード演奏家訪問<選集> (別冊ステレオサウンド)菅野沖彦著作集上巻 (別冊ステレオサウンド)を注文したが来週当りに到着予定、久しぶりに菅野沖彦の本でも楽しむつもりです。

そんなことより以前より一度聴いて見たかった球転がし用の6BM8を見つけた。拙宅のパワーアンプの初段管「日立製作所」6BM8新品2本を入手した。以前より投稿されSV-501ESには相性が良いとされたが、探しても手頃なものがなく偶然開封されたいない(新品の)6BM8を入手出来たことは大変嬉しい事だった。

足の部分の汚れもあり、すぐにはエージングも出来ないので50時間程消費させてから試聴記事は報告しようと思っている。以前購入した三洋電機の6BM8エージングは途中である。初期エージングのとこを漢字で「枯化(こか)」と書くそうです。車に例えると慣らし運転といった塩梅である。

最初の1,000キロ程は特に慣らし運転は大切ですが、これと同じで大音量は禁物である。

毎年のことですが、この時期仕事が忙しく、音楽を楽しむ時間もなく只々時間が過ぎ去ってゆく、本日も日曜ですがやっと休みが取れホットしています。

50年前に直輸入盤レコード今も大切に保管してある「TELEFUNKEN」レーベルのグスタフ・レオンハルト (Gustav Leonhardt)聴いたが、今聴いてもとても新鮮です。

透明感のあるチェンバロ演奏は好きである。当時は「TELEFUNKEN」レーベルのLPを購入した。当時の給料は1ヶ月30,000万円ほどで2,300円ほどのレコード盤は高額であった。

グスタフ・レオンハルト、古楽鍵盤楽器奏者、1928年オランダ生まれ。

生家はスウェーデン系の富裕な実業家の家庭で、幼い頃からピアノを学んでいましたが、15歳のときに父親が購入したチェンバロに触れ、その響きに魅了されたといいます。

https://www.youtube.com/watch?time_continue=14&v=wPkdByi1Umo

1947年にバーゼル・スコラ・カントルムに入学、チェンバロとオルガンをエドゥアルト・ミュラーに師事、1950年に最高栄誉賞とソリスト・ディプロマを得て卒業し、同じ年にウィーンにおいてチェンバロ奏者としてデビューします。

また、50年代半ばにはレオンハルト・コンソートを組織、アンサンブルの中心として、また指揮者としても活動を始めます。1960年代には、フランス・ブリュッヘン、アンナー・ビルスマ、ヤープ・シュレーダーとともにクアドロ・アムステルダムを結成、古楽器演奏の牽引的存在となります。

後進の教育にも熱心なことで知られ、1952年から1955年までウィーン音楽アカデミーで、1954年からはアムステルダム音楽院チェンバロ教授を務めています。レコーディングもキャリア初期から盛んで、1950年代初頭には初めてバッハのチェンバロ作品を録音、以降、現在まで膨大なレコーディングをおこない、チェンバロ、オルガンやクラヴィオルガヌム、フォルテピアノ、クラヴィコードなど、バッハを中心としたバロックから古典派に至るさまざまな鍵盤楽器演奏の権威として多大な尊敬を集め、「現代のバッハ」と称されています。

指揮者としても、バッハの『マタイ受難曲』や、アーノンクールと分担で録音したカンタータ全集などを録音しています。1967年には映画『アンナ・マクダレーナ・バッハの日記』に出演、ヨハン・ゼバスチャン・バッハに扮しています。

201112月にパリで引退公演を行い演奏活動から遠ざかっていたが、2012年1月16日、アムステルダムの自宅で亡くなった。

1960年以降、レオンハルトは、録音活動に関しては、テルデック(独テレフンケン+英デッカ)とドイツ・ハルモニア・ムンディ(DHM)2社の間でほどよいバランスを取りながら行われた。

チェンバロ独奏のものはDHMの方が多いとはいえ、テルデックにもかなりのものがある。

アンサンブルに関しては、アーノンクールとの共同作業はその後もしばらく続くが、レコードにおける共演はバッハやモンテヴェルディの大曲が多くなる(《ヨハネ受難曲》、《オルフェオ》、《聖母マリアの夕べの祈り》等)これらは何れもテルデックである。

テルデックにおいて圧倒的に存在感が大きいのは、リコーダーのフランス・ブリュッヘンとの共演である。

チェロはほとんど常にアンナー・ビルスマ。ブリュッヘンとアーノンクールのグループによるヴィヴァルディの《室内協奏曲集》という面白いレコードもあった。

このブリュッヘン、ビルスマにヴァイオリンのヤープ・シュレーダーを加えてクワドロ・アムステルダム(アムステルダム四重奏団)というグループが結成され、テレマンの《パリ四重奏曲》とクープランの《諸国民》を全曲録音した。

ドイツ人の天才的なチェンバロ製作家マルティン・スコヴロネックとの出会いは、レオンハルト自身の人生にとっても、また、チェンバロ復興の歴史においても決定的なものとなった。スコヴロネックも最初はモダン・チェンバロを作ったが、1956年に初めて歴史的チェンバロを手がけた。その噂を聞いて電話をかけて来た初めての古楽器奏者がアーノンクールであったという。

1962年にスコヴロネックがレオンハルトのために製作した後期フランダース様式の二段鍵盤のチェンバロ(モデルは、J.D.ドゥルケン、アントワープ、1745年)は、名匠スコヴロネックとしても出色の出来栄えの楽器で、これほど力強くかつ美しいチェンバロの音色は、それまで誰も聴いたことのないものであった。

レオンハルトは、この極めつけの名器を用いて、バッハの主要なチェンバロ作品を、次々と両レーベルに録音(パルティータ、イタリア協奏曲、フランス風序曲、平均律クラヴィーア曲集第2巻、フーガの技法[以上DHM]、ゴルトベルク変奏曲、半音階的幻想曲とフーガ、ヨハン・クーナウの聖書ソナタ(全曲)[テルデック]等々)。

そのスケールの大きさとニュアンスの繊細さを兼ね備えた演奏は、楽器の音色の素晴らしさと相俟って、古楽とチェンバロのファンを一気に増加させる原動力となった。歴史的チェンバロを弾くようになって間もなく、レオンハルトは、その後彼のトレードマークとなった独特の演奏スタイルを確立する。

 https://www.youtube.com/watch?time_continue=17&v=O8ZcwuhiVYY&feature=emb_title

今後ぜひ聴きたい、バッハのカンタータ全集のスタート~黄金の70年代

1970年、いよいよテルデックによるバッハの教会カンタータの全曲録音という壮大な企画がスタートする。

演奏は全て古楽器によるもので、アーノンクールとレオンハルトが分担し、200曲に及ぶバッハの教会カンタータをLPレコード90枚に収録するという、レコード史上前代未聞のもので、音楽界に一大センセーションを巻き起こした。

愛好家は当然、この企画を歓迎したが、古楽関係者の驚きもまた尋常一様ものではなかった。

何しろ70年の時点では、バッハ時代の楽器にはまだ謎の部分も多く、復興が緒についていないものも少なくなかったのだから、無理もない話である。このような企画が、古楽復興の促進を後押ししたことは言うまでもなく、1980年、レオンハルトとアーノンクールはこの功績によって、文化のノーベル賞とも言われるオランダのエラスムス賞を共同受賞したのである。

今後は彼らの膨大なカンタータ曲を紐解いて行くのが楽しみである。ブラボー!


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