司馬遼太郎氏は第二次大戦後の日本人の考え方に大きな影響を与えた巨大な人物であります。とくに日本人の歴史認識への影響も大きなものでした。
最近、詩人の辻井喬さんが書いた「司馬遼太郎覚書」という本を読んでいます。詩人としての立場から司馬遼太郎氏の作品をいろいろ評価しています。
しかし巷間には「司馬史観」という言葉が歩き回っています。司馬遼太郎氏自身は一度も史観という言葉を使ったことが無いと辻井喬さんは書いています。
世の中の人々は司馬遼太郎氏を歴史家の親戚でもあるように、「司馬史観」という言葉を好んで使います。
それではどのよう歴史観なのでしょうか?
Wikipedeaの「司馬遼太郎」について検索して、読んでみました。
一般的に、Wikipedeaの記述は学問的な厳密性に欠けることが多く、私自身はあまり重要視していません。しかしながら「司馬遼太郎」の作品に関するいろいろな異なる立場からの批判や評価が詳細に、しかも公平に紹介してあるのです。
司馬遼太郎氏は天才です。私は尊敬しています。しかし人間としての限界が無いと言ったら贔屓の引き倒しになります。
よく出来たWikipedeaの記述ですので下にURLと冒頭部分のみ掲載致します。
是非ご一読下さい。必ずやご参考になると信じています。
司馬 ?太郎(しば りょうたろう、1923年(大正12年)8月7日 - 1996年(平成8年)2月12日)は、日本の小説家、ノンフィクション作家、評論家。本名、福田定一(ふくだ ていいち)。大阪府大阪市生まれ。筆名の由来は「司馬遷に?(はるか)に及ばざる日本の者(故に太郎)」から来ている。
産経新聞社記者として在職中に、『梟の城』で直木賞を受賞。歴史小説に新風を送る。代表作に『竜馬がゆく』『燃えよ剣』『国盗り物語』『坂の上の雲』など多くがあり、戦国・幕末・明治を扱った作品が多い。『街道をゆく』をはじめとする多数のエッセイなどでも活発な文明批評を行った。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B8%E9%A6%AC%E9%81%BC%E5%A4%AA%E9%83%8E