子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「私を離さないで」:限りある生の尊さをささやく声に耳を傾ける

2011年05月04日 10時45分29秒 | 映画(新作レヴュー)
一目でSFと分かる場面は皆無。だがこれは,そんじょそこらのヤワなSFXが束になっても叶わないほど濃密で格調高い,紛れもない「ハードSF」だ。
定められた運命に静かに身を委ねる若者,というプロットと,画面の張り詰めた静謐さは,キューブリックの「時計じかけのオレンジ」の対極に位置する作品と言っても良いかもしれない。

日系のブッカー賞作家カズオ・イシグロの原作は未読だが,ロビン・ウィリアムズの新たな一面を切り開いた佳作「ストーカー」のマーク・ロマネクが抽出したエッセンスは,一言で言えば「過酷な運命を受け容れる人の後ろ姿」というものだった。
「オリジナル」人間から,彼らの「部品取り」として複製されたクローン人間(=彼ら)に果たして魂は存在するのか,という疑問を解明するために絵を描かされ,ガラクタをご褒美としてあてがわれる子供時代から,寂れた村に隔離される青年時代まで,余分なものが排除された画面に落ち着いた色彩で描かれる「彼ら」の生活は,ヒリヒリするような痛みに満ちている。
しかし映画はその痛みを殊更に強調することはなく,まるでこれが「彼ら」の人生なのだと言わんばかりの一種の諦念が,主役3人の背中をゆっくりと押していくことによって,静かに進んでいく。

成人した主役は,「ソーシャル・ネットワーク」の印象が鮮やかなアンドリュー・ガーフィールド,英国映画界におけるウェイン・ルーニーみたいな存在になりつつあるキーラ・(パイレーツ)ナイトレイ,そしてナイトレイとはデビュー作「プライドと偏見」以来の共演となるキャリー・マリガンの3人が演じており,3人の子役共々見事なアンサンブルを奏でている。だが演技における抑制と繊細な感情表現という点で見ると,やはりマリガンが頭抜けているという印象を受ける。まだ25歳という若さだが,同国出身のテクニシャン,ケイト・ブランシェットと肩を並べる演技派に育つ気配は十分に感じられる。

英国特有のシンメトリックなアパートや,鬱屈とした曇り空を,登場人物の運命や心象風景に重ねて捉えたアダム・キンメルのキャメラと,控えめながら落ち着いた響きを活かしたレイチェル・ポートマンの音楽も素晴らしい仕事をしている。
行き止まりが見えている人生から,世界を振り返った時に見えるものを,ヴィヴィッドかつ品格を保って描いた,思いがけない秀作だ。
★★★★☆
(★★★★★が最高)


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