goo blog サービス終了のお知らせ 

子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「未来を生きる君たちへ」:悩める人々を抱きしめるスサンネ・ビアの大きな懐

2011年09月06日 21時17分12秒 | 映画(新作レヴュー)
デンマークの映画監督スサンネ・ビアは「アフター・ウェディング」や「ある愛の風景」において,母国デンマークの隣に,発展途上の外国(インドやアフガニスタン)を並列に置くことによって,平和で豊かな生活に潜む暴力や運命の過酷さを,容赦はないが愛はある筆致で描き続けてきた。そんなビアが監督した「未来を生きる君たちへ」もまた,デンマークとアフリカの2カ所を舞台に,力強く示唆に富んだ素晴らしい物語を紡ぎ上げている。アカデミー賞とゴールデン・グローブ賞の共に最優秀外国語映画賞を受賞したことは,至極当然の結果だろう。

もう少しどうにかならなかったものかと首を捻るような邦題を付けられた新作では,理不尽で執拗な3つの暴力が描かれる。ひとつは学校でのいじめであり,ひとつは匿名かつ無意味な力の誇示であり,もう一つはアフリカのギャングによる殺人だ。
だがそのどれに対してもビアは,これが正しい解決方法だ,というようなはっきりとした描き方を選択していない。

いじめられっ子のエリアスの父アントンは,アフリカの難民キャンプで,胎児の性別を当てるためだけに妊婦の腹を切り裂くという極悪非道を働くギャングのボスが伝染病に罹って運び込まれた際に,一旦は医者としての良心から治療を行う。そのことで,現地の同僚から非難を受けるが,結局は弱ったボスを難民の間に放り出しリンチを容認する。そのことでアントンは苦悩するが,ビアはアントンの行動に対して明確な判断を示すことなく,彼を帰国させる。
だがそれは,アントンに代わってもう一つの暴力に対する復讐を成し遂げようとしたエリアスの友達クリスチャンの企みによって,エリアス自身が傷付いてしまったからだった。
更にエリアスの事故に責任を感じたクリスチャンは,見舞いに行った病院で,夫と同じく医師であるエリアスの母親から,殺人者として糾弾される。ショックを受けたクリスチャンは死地に赴くが,彼を糾弾した妻に代わってアントンはクリスチャンに救いの手をさしのべる。

個人の力ではどうにもならない冷酷な暴力を,どう受け止め,どう行動すべきなのか。まるで人間の感情と理性の境界を試すかのように互いに絡まり合い,悲劇へと突き進もうとする3つの復讐劇が,普遍的な示唆に富み,哀しみと希望を湛えた物語になったのは,単純に「憎しみを越えて赦せ」と説いたからではない。「こういった場合は,どうすべきか?」と事件を客観視するよりもまず,傷付いてうずくまる人々に寄り添い,黙って彼らを抱きしめようとする制作者の姿勢が,画面のあらゆる所から滲み出ていたからに他ならない。ビアの視点は低く,近い。

アントンは勿論のこと,彼に裏切られた妻も,父親が病気の母親を捨てたと頑なに信じるクリスチャンも,スウェーデン人というだけでいわれのないいじめを受けるエリアスも,まるごと掬い上げようとするビアの包容力によって,筋だけを追えば陰惨な物語が,豊かなニュアンスに満ちた輝きを放っている。
手持ちカメラで捉えられた,デンマークの緑豊かな郊外の風景とアフリカの荒涼とした砂漠を,トラックを追って走る子供たちの笑顔が眩しい。
★★★★☆
(★★★★★が最高)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。