スターウォーズ・シリーズの復活に先駆けて,1970年代末期に忽然と現れてオーストラリア映画の底力を世界に知らしめたシリーズが,30数年振りに復活した。
しかも監督はオリジナル・シリーズ3作をすべて手掛けたジョージ・ミラー。御年70歳の大ヴェテランは,この間の技術的な長足の進歩があったにせよ,まさにインクレディブルな力溢れる映像の連打で,並み居る若いクリエイターたちを踏みつぶしてしまった。これは凄い。
初期3作もそうだったが,物語は実にシンプル。成り行きから,水と石油を牛耳るボスから逃走する女性闘志フュリオーサ(シャーリーズ・セロン)を助けることになった主人公マックス(トム・ハーディー)が,追っ手との生死を賭けた壮絶なチェイスをひたすら繰り広げる。対立構造は明確で,同じトム・ハーディーが悪役を演じた「ダークナイト ライジング」のように,善悪の境界を曖昧にすることで物語の構造を深化させようとするような意図は微塵も見られない。あるのは砂塵とスピードと生き残ることへの渇望だけ。
大画面で展開する迫力あるアクションはどれも,前面に出てくる荒っぽさとは裏腹に,創意と工夫と何度もタイミングを計ってチャレンジしたであろう努力とが積み重ねられた結果が,純粋な結晶となったものばかり。猛スピードで疾走するヴィークル間を縦横無尽に飛び移る戦士や,縦にひっくり返るヴィークルを捉えたフルショット,更にはやじろべえの先で振り回される戦士を捉えた縦と横,双方向に観客の視覚を揺さぶるショットなど,CGに頼り切った虚仮威しのアクション映画とは画の強度がまるで違うシーンの連続で,文字通り画面に釘付けにされること請け合いだ。
敵の先頭に立って戦士を鼓舞するべく最後まで狂ったようにギターを弾き続けるコックス役の造形から様々な形態の戦闘用ヴィークル,戦士のコスチュームまで,画面に現れるすべての要素を合わせて「これこそが『マッドマックス』の世界だ」と云わんばかりの自信に溢れる屹立した世界観は,1950年代に黒澤明が連発した比類なき時代劇の数々をも想起させる。
こんな偉業を成し遂げたチームのリーダーが70歳という事実を噛みしめながら,同時に撮られたという残り2作の到着を心して待ちたい。
★★★★★
(★★★★★が最高)
しかも監督はオリジナル・シリーズ3作をすべて手掛けたジョージ・ミラー。御年70歳の大ヴェテランは,この間の技術的な長足の進歩があったにせよ,まさにインクレディブルな力溢れる映像の連打で,並み居る若いクリエイターたちを踏みつぶしてしまった。これは凄い。
初期3作もそうだったが,物語は実にシンプル。成り行きから,水と石油を牛耳るボスから逃走する女性闘志フュリオーサ(シャーリーズ・セロン)を助けることになった主人公マックス(トム・ハーディー)が,追っ手との生死を賭けた壮絶なチェイスをひたすら繰り広げる。対立構造は明確で,同じトム・ハーディーが悪役を演じた「ダークナイト ライジング」のように,善悪の境界を曖昧にすることで物語の構造を深化させようとするような意図は微塵も見られない。あるのは砂塵とスピードと生き残ることへの渇望だけ。
大画面で展開する迫力あるアクションはどれも,前面に出てくる荒っぽさとは裏腹に,創意と工夫と何度もタイミングを計ってチャレンジしたであろう努力とが積み重ねられた結果が,純粋な結晶となったものばかり。猛スピードで疾走するヴィークル間を縦横無尽に飛び移る戦士や,縦にひっくり返るヴィークルを捉えたフルショット,更にはやじろべえの先で振り回される戦士を捉えた縦と横,双方向に観客の視覚を揺さぶるショットなど,CGに頼り切った虚仮威しのアクション映画とは画の強度がまるで違うシーンの連続で,文字通り画面に釘付けにされること請け合いだ。
敵の先頭に立って戦士を鼓舞するべく最後まで狂ったようにギターを弾き続けるコックス役の造形から様々な形態の戦闘用ヴィークル,戦士のコスチュームまで,画面に現れるすべての要素を合わせて「これこそが『マッドマックス』の世界だ」と云わんばかりの自信に溢れる屹立した世界観は,1950年代に黒澤明が連発した比類なき時代劇の数々をも想起させる。
こんな偉業を成し遂げたチームのリーダーが70歳という事実を噛みしめながら,同時に撮られたという残り2作の到着を心して待ちたい。
★★★★★
(★★★★★が最高)