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映画「チェンジリング」:イーストウッド監督の新作が観られるという幸福

2009年03月05日 23時40分31秒 | 映画(新作レヴュー)
公開前には,主演のアンジェリーナ・ジョリーが,夫であるブラッド・ピットと同時にオスカーにノミネートされたことが話題には上っていたが,作品そのものに関する評価はあまり聞かれなかった。むしろ,この後に公開が控えている「グラン・トリノ」における役者としてのイーストウッドの評価の方が,「ひょっとすると演技者としてはこれが最後になるかもしれない」という根拠の薄弱な噂と共に,耳にする機会が多かったくらいだ。

だが,作品を観終えた時の感興を表す言葉としては,本当に月並みだが「感服」以外に適当なものは見当たらない。
「ミスティック・リバー」で極めたと思われた頂点を,その後2度に亘って乗り越えてきたイーストウッドだが,今回もまた打ちのめされるくらいに素晴らしい。この作品を観ることは,急がず,弛まず,物語自身が望むペースで,142分という尺を完璧な足取りで進んだ先に待っている,「人間の強さ」を讃えるクリント・イーストウッドの計り知れない大きさと,信じる心に訪れる「救済」に抱かれる体験と言っても良いかもしれない。

冒頭のクレジットの最後に「A true story」という断りが出るが,もしそれがなければ,齢80歳を前にして荒唐無稽なホラー作品への挑戦か,と思いたくなるようなストーリー展開に,度肝を抜かれる。それがやがて静かな感動に収斂していく道程は,一つのショットをも忽せにしない監督の目と,「ブラッド・ワーク」からジャック・N・グリーンの後を襲ったトム・スターンのキャメラ,そしてジョエル・コックスの編集という鉄壁のトリオを中心としたイーストウッド・チームのプロの手腕を堪能する至福の時間だ。
主人公の家のどうということもないショットが,実は壁をぶち抜かなければキャメラを置けないポジションから撮られたものであることに気付いた瞬間,何気ない構図の全てに込められた構成力と集中力が,熱くしかし静かに観客の心を沸き立たせていることにもまた気付かされるのだ。

1920年代の化粧と帽子と疲れによる目の隈によって,「微妙な表情」という役者の武器を封じられながらも,アンジェリーナ・ジョリーは全身で「信ずる」という行為の崇高さを体現してみせる。
更に物語に起伏を与えているのは,悪役=警察サイドの役者の充実振りだ。精神病院の担当医と婦長の不気味さも凄いが,特に警察の腐敗を象徴するような尊大な視線によって観客を震え上がらせるジョーンズ警部役のジェフリー・ドノヴァンは,間違いなくこの映画の奥行きを拡げることに貢献している。

1928年という恐慌直前の時代の空気を見事に再現して,オスカーにノミネートされた美術も素晴らしいが,序盤から終盤まで何度も登場しては物語を牽引する路面電車を,最後に捉えたラストの1カットこそが,映画の鍵となっている。参りました。
★★★★★


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