Don't Let Me Down

日々の雑感、引用。
言葉とイメージと音から喚起されるもの。

私の幸福

2010-01-29 11:56:42 | 日記


求めること に倦みはててより、
見いだすこと を私は覚えた。
風に 遮られてからというもの、
どんな風をも追い風にして 私は帆を張る。

<ニーチェ;『悦ばしき知識』序曲>




この完璧な日、ぶどうのふさがとび色に色づいているだけでなく、すべてのものが熟しているまさにこの日、一条の日ざしが私の生涯の上に落ちて来て、それを照らし出した。

<ニーチェ;『この人を見よ-人はいかにして自分が本来あるところのものになるのか』序言>










★ 空軍や海軍の飛行場は通常荒れはてたところ、あるいは辺境の地に広がっており、明け方のうそ寒い光のなかで普通の人が見たら、とりわけ荒涼として見えただろう。しかし若いパイロットは、太陽が地平線の端からいまにも顔をのぞかせようとしているころ、航空機が整列して駐機している場所にくると名状しがたい幸福感に包まれた。飛行場全体はまだ影のなかにあり、遠くの山の峰はシルエットを描き、飛行進路は排気ガスの青一色に色どられている。貯水搭や鉄塔の先の小さな赤いランプはいずれも光が鈍く、収縮し、凝固しているように見え、まだついている滑走路灯も色褪せて見えた。折しも着陸して誘導路を入ってくる戦闘機の着陸ランプですら、夜中に見るほどまぶしくはなく、燭光の凝縮した固まりのように見えた――にもかかわらず、それは美しく、気持を引き立たせるものがあった――というのも、若きパイロットは、日の出前に離陸し、下界の家のなかでぬくぬくと眠っている死んだも同然の何千という昏睡状態の魂が意識をふきかえす前に、山々の峰々を超えて陽光のなかに舞い上がって行きたいと張り切って、気力が横溢しているからだ。

★ F100Fに搭乗して払暁に離陸し、アフターバーナーを点火して急上昇し、30秒で2万5000フィートを駆け登ることは、あまりに急で、羽ばたく鳥ではなく、まさに弾道弾のような感じがするが、しかしこの弾丸は完全に自分が掌握していた。4トンの推力を完全に掌握化においていた。それはすべて意志の働きにより、指先から流れ出たものだ。巨大なエンジンはすぐ足元にあるので、裸馬の背にまたがっているような気がする。そしてついに超音速に達し、それは地上では、耳をつんざく轟音となって窓ガラスを振動させるが、上空では、いまや完全に地球から解放されたという事実あるのみ――それを妻や子供、愛しき肉親、にすら説明することは不可能に思われた。そこでパイロットは自分の胸にしまっておく。もっとずっと説明しにくい……もっとどえらく罪深いものかもしれないが、到底人には打明けられない……優越感――正しい資質(ザ・ライト・スタッフ)の唯一の持主である彼と彼の同類にとってふさわしい優越感――と一緒に自分の胸におさめておくのだ。

★ 夜明けの上空から、パイロットはみじめな希望のないラスヴェガス(略)を見下ろし、訝り(いぶかり)始める。下界にいるこれらの人々、やがて目覚めて、ちっぽけな四角い家から這い出し、ヌードルのような細いハイウェイを一寸刻みに進み、彼らの毎日の生活が営まれる細い隙間や溝に向かって行くこれらの哀れな人たち――もし彼らがこの上空の、正しい資質(ザ・ライト・スタッフ)を持ったものの世界がどんなものか、これっぽっちでも知ったら、あのような生活をあんなに熱心に営むことがはたしてできただろうか。

<トム・ウルフ;『ザ・ライト・スタッフ 七人の宇宙飛行士』(中公文庫1983)>




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