★ あのころはいつもお祭だった。家を出て通りを横切れば、もう夢中になれたし、何もかも美しくて、とくに夜にはそうだったから、死ぬほど疲れて帰ってきてもまだ何か起こらないかしら、火事にでもならないかしら、家に赤ん坊でも生まれないかしらと願っていた、あるいはいっそのこといきなり夜が明けて人びとがみな通りに出てくればよいのに、そしてそのまま歩きに歩き続けて牧場まで、丘のむこうにまで、行ければよいのに。「あなたたちは元気だから、若いから」と人には言われた、「まだ結婚していないから、苦労がないから、無理もないわ」でも娘たちのひとりの、片足を引きずって病院から出てきて、家にはろくに食べ物もなかったあのティーナ、彼女でさえわけもなく笑った、そしてある晩などは、小走りにみなのあとをついてきたのが、急に立ち止まって泣き出してしまった、だって眠るのはつまらないし楽しい時間を奪われてしまうから。
<パヴェーゼ;『美しい夏』(岩波文庫2006)、オリジナル1940)
★ 「愚かさゆえに滅ぶのは、《唯我論者国家》のめざすところではないでしょう?そうやって自分の体をばらばらにして、それで自分が不死身だとでも証明した気なの?遠近法を狂わせた記憶を自分に植えつけて、永遠に生きてきたつもりになっているわけ?わたしは、安っぽいまやかしの不死なんて願いさげよ。ほんものがほしいの」
<グレッグ・イーガン;『順列都市』(ハヤカワ文庫1999)、オリジナル1994)
★サン・マルタン・ヴェジュビ 1943年夏
水の音が聞えてくると、冬が終わったことを、彼女は知った。冬のあいだ、雪は村を蔽い、家々の屋根や牧草地は真白だった。軒端に氷がつららをつくった。やがて太陽が熱く燃えだし、雪が融け、軒端という軒端、梁という梁、また木々のすべての枝から、水が一滴々々滴り始め、水滴が集まって小さな流れとなり、流れは小川となり、水は、村の道という道を楽しげに、滝のように流れ下っていった。
いちばん古い思い出は、たぶんその水の音だろう。
<ル・クレジオ;『さまよえる星』(新潮社1994)、オリジナル1992>
さまよえる星
束の間の恋人よ
おまえの道をたどってゆけ
海を渡り大地をこえ
おまえの鎖を打ち壊せ
――ペルー民謡
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