★ 文部省唱歌『故郷』
1 兎追いしかの山、小鮒つりしかの川、
夢は今もめぐりて、忘れがたき故郷。
2 如何にいます父母、恙なしや友がき、
雨に風につけても、思いいずる故郷。
3 志を果たして、いつの日にか帰らん、
山は青き故郷、水は清き故郷。
★ 文部省唱歌は文部省が定め、学校で教えられた。だが、学校教育はどの歌が大衆的人気をもつのかということまでは決定できない。一つの参考は、1925年に放送を開始したNHKラジオの子供向け番組である。そこでは人気のある唱歌が童謡などとともに放送されていた。また、戦後の1970年代になって、金田一春彦が著名人に行ったアンケートによれば、唱歌は子供時代だけでなく、彼らが大人になってからも根強い人気をもっていたことがわかる。そのアンケートのなかでもっとも人気が高く、また戦前の子供向けラジオ番組でも、もっとも多く放送された唱歌のなかの一つが『故郷』であった。
★ この歌は、故郷の地を離れた主体が自分の故郷の記憶を懐かしく思い出すというかたちをとっている。一番では、主体は幼い頃の記憶を辿りながら故郷の風景を思い出しており、二番では、父や母や友人のことを心配しながら、彼らのいる故郷のことを思い出している。三番では、主体は自分の志を果たしていつか故郷に帰ることを夢みながら、故郷の山や川の美しさ思い出している。
★ だが、仔細に見ていくと、この歌には奇妙な特徴があることがわかる。それは第一に、ここで描かれた「故郷」の風景が具体的な内容をほとんどもたず、生の色彩やイメージに欠けることである。第二に、その風景が生ける現在の描写ではなく、記憶の空間に浮遊する無時間的な形象になっていることである。第三に、その風景が芝居の書き割りやセットのように、「故郷」についての紋切り型の概念の断片から一種の模擬物として構成されていることである。
★ 『故郷』の歌では、じつは経験したことのないもの、つまり記憶しようのないものの記憶が構成されている。なぜなら、その土地にいたときには、そのような美しい風景として生活を経験したかどうか疑わしいからである。それは生活の拠点を移し、対象化が行われたとき、その対象の不在を媒介にして、想像力の中空に浮かびあがった光景なのである。そこでは既視感のように、現在の想像力が映し出した光景が過去に転送され、過去の思い出というかたちに転移している。(略)そこに描かれているのは「かの山、かの川」のように固有名詞をなくした、どこでもありどこでもないような「故郷」の光景である。この無-場所化された「故郷」の光景は、それを想像する主体がすでに都市の匿名性を帯びた空間で、固有の場所をなくして生きていることを裏返しに表現しているというほかない。
★ われわれはこの記憶の構成をテクノロジーの変化と相関する新しい知覚の形態の成立というパースペクティヴのなかに置きなおしてみる必要がある。『故郷』の歌が大衆を社会に動員するものであるとしても、それはたんに特定の政治目標や古い共同体の心性へ向けてのイデオロギー的な水準の動員につきるものではない。それはむしろ知覚の形態やまなざしの構造といった水準で、世界や出来事が無-場所化された抽象的な空間として成立するような社会性の場をリアルと感じる感受性の型へ向けての動員なのである。それは国家というよりも、資本の力との関係に組み入れられて存在の根拠をもたなくなった人びとの感受性である。
<内田隆三『国土論』(筑摩書房2002)>
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