先週金曜日に旅行に出て以来、昨日まで外出が続き疲れた。
さっぱりブログに書くことが、思い浮かばないので、過去のブログから自分の言葉と他者の言葉を引用して誤魔化そう;
A;その半開きの扉を通って。
その半開きの扉を通って、外に出る。
あと13歩くらい歩けば。
光、街路があり、車がときおり行き交い、ひとも通り過ぎる。
たぶんここは、今日もこのようにある。
でもこれは写真である。
ぼくはこの13歩を歩くわけにはいかない。
たぶんあの丘のうえに展開する古い街は
1時間ちょっとで1周できる
石畳を踏んで、入り組んだ路地をぬけて、
石組みの低いアーケードをくぐり
かならず道は中央広場に通じる、高い塔のある広場のざわめきへと
この街の外縁部でははるか新市街が見下ろせる
人々が生きる街が
(warmgun)
B;生はひとつのナラティブである
この言葉はジュリア・クリステヴァがハンナ・アーレントについて書いた本のサブタイトルである。
ナラティブ(narrative)という言葉はぼくにはなじみのない言葉だった。
電子辞書で引くと=(事実に基づく)物語、話;物語文学、語ること、地の文などとある。
ぼくは思うのだが、なにかを書く人はみな“自叙伝”を書いているのだ。
ぼくのこのブログでさえも。
人間の“オリジナリティ”というものは、周辺の他者や社会や自然環境によって“つくられる”のである。
“彼”はそういう意味では、いつも“受身”である。
けれどもその世界との関係のなかから、“彼の”だれとも異なった“世界”はいつしか出現する。
それが“言葉”となって定着され、印刷され、“残る”かどうかは偶然である。
しかしだれもが自叙伝を書く。
誰の生も《ひとつのナラティブである》
(warmgun)
C:裸のこどもたちほど裸のものはない。
それは端的な肉である。
それは、なにか、この世界の直接性、この世界には直接の生というものがあったことを思い出させる。
しかし、“それ”はたんなる肉ではない。
それは、おどろくべき個体=個性である。
彼女-彼はちっともかわいくない、だが、彼らは大人たちより人間的に見える。
つまり“人間”と呼ばれる、動物の一種に見える。
つまり、剥き出しの“人間”が見える。
なんとぼくたちは、幾重もの鎧を重ね着したことか。
ぼくたちの肉は、もはや透明なラップで何重にもくるまれてしまった。
どうして裸になっても裸でないものを欲望することが可能だろうか。
だから精神が言葉が要請されるのであろうか。
しかし言葉は、この突破できない皮膜にはじかれて、いつもその表面をすべる。
最高の言葉の使い手だけが、かろうじて、そこに亀裂を走らせるのだ。
赤裸な、赤裸々な。
傷口。
赤裸な言葉によって、ぼくたちは、この巨大なまどろみから、一瞬さめる。
そしてまた、大いなる眠りに入る。
(warmgun)
D:無人島
つまりドゥルーズとは無人島のような人だったというふうに、思い浮かべることができよう。
存在の意味のなかで、それに侵食されつつ、その波と戯れる孤島。
陽射しのなかで透明に透視される海底線に囲まれて屹立する緑の孤島が見える。
すべてはノイズであると同時に意味であったと。
(warmgun)
E;中上健次
★ 朝早く女が戸口に立ったまま日の光をあびて振り返って、空を駆けて来た神が畑の中ほどにある欅(けやき)の木に降り立ったと言った。朝の寒気と隈取り濃く眩しい日の光のせいで女の張りつめた頬や目元はこころもち紅く、由明(よしあき)が審(いぶ)かしげに見ているのを察したように笑を浮かべ、手足が痛んだから眠れず起きていたのだと言った。女は由明が黙ったままみつめるのに眼を伏せて戸口から身を離し、土間に立っていたので体の芯から冷え込んでしまったと由明のかたわらにもぐり込み、冷えた衣服の体を圧しつけてほら、と手を宙にかざしてみせた。どこに傷があるわけでもないが、筋がひきつれるような痛みが寝入りかかると起こり出して明け方まで続いたと女は由明に手を触らせた。
<中上健次『重力の都』(新潮文庫1992、オリジナル1988)>
F;マルグリット・デュラス
★子供たちがとても幼かったころ、母親は、ときどき、子供たちを乾季の夜景を眺めに連れだした。彼女は子供たちにこう言う、この空を、まるで真っ昼間のように青いこの空を、見渡すかぎり大地が明るく照らされているのをよく見てごらん。それからまた、耳を澄ませてよく聴いてごらん、夜のざわめきを、人びとの呼び声、笑い声、歌、それからまた、死にとり憑かれた犬の遠吠えを、あれらの呼び声はみんな、孤独の地獄を語り、同時にまたそういう孤独を語る歌の美しさを語っている。そういうことも、耳を澄ましてちゃんと聴かなければ。普通は子供たちには隠しておくことなのだけど、やっぱり逆に、子供たちにはっきりとそれを語らなければいけない、労働、戦争、別離、不正、孤独、死を。そう、人生のそういう面、地獄のようであり、同時にまた手の打ちようもない面、それもまた子供たちに知らせなければいけない、それは、夜空を、世界の夜の美しさを眺めることを教えるのと同じことだった。この母の子供たちは、しばしば、母の語る言葉がどういう意味なのか説明してくれと求めた。すると母はいつも、子供たちに、自分にはわからない、それはだれにもわからないことなんだと答えた。そして、そういうことも知らなければいけない、と。何にもわからないんだいうこと、何よりも、それを知ること。子供たちに向かって何でも知っているよと言う母たちでさえ、知らないんだ、と。
<マルグリット・デュラス『北の愛人』1991>
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