Don't Let Me Down

日々の雑感、引用。
言葉とイメージと音から喚起されるもの。

ソラリス

2013-07-25 12:31:10 | 日記

★ 目を開けたときは、ほんの数分しか寝ていないという感じがした。部屋は陰気な赤い光に包まれている。涼しくて、気分がいい。一糸まとわぬ裸のまま寝ていたのだ。ベッドの向かいでは、半ばカーテンが開いた窓のそばに、赤い太陽の光を浴びて誰かが椅子に座っていた。ハリーだった。白いビーチ・ドレスを着、素足で、足を組んでいる。後ろに撫でつけられた黒っぽい髪、ドレスの薄い生地が張りつめた胸もと。彼女は肘まで日に焼けた腕を下におろし、身動きもしないで黒いまつげの奥から私を見つめていた。私はまったく心安らかに、彼女をじっと見つめていた。最初に思ったのは、こんなことだ――「すばらしいことだ、自分が夢を見ていると自分でもわかる夢だとは」。

★ 彼女の姿は、私が最後に見たときとまったく同じようだった。あのとき彼女は十九歳だったのだから、いまは二十九歳になっているはずだ。しかし、当然のことながら、彼女はまったくどこも変わっていなかった。死者たちはいつまでも若いままなのだ。彼女は以前と同じように何を見てもただ驚いたような目をして、私を見つめていた。

★ 彼女の上に身をかがめ、ドレスの短い袖をまくってみた。小さな花に似た種痘のすぐ上に、針を刺した小さな跡が赤く見えていた。私はそれを予期していたとはいえ(というのも、あり得ないことの内にも何らかの論理のかけらがないものかとずっと探していたからだ)、それを見て吐き気を感じた。私は指でその注射の跡の小さな傷に触った。その注射のことはあの事件の後何年も夢に現われ、しわくちゃになったシーツの上で私はうめき声を上げながら目覚めたものだった。目覚めるときはいつも同じ恰好で、ほとんど二つ折りになったように身を縮めていたのだが、それはすでにほとんど冷たくなった彼女の体を私が見つけたとき、彼女の寝ていた恰好と同じだった。

★ 「何かを忘れてしまったみたいな……たくさんのことを忘れてしまったみたいな。知っているのは……覚えているのは、あなたのことだけ……それから……その他には……何にも」
私は顔色を変えないように努力しながら、聞いていた。
「ひょっとして……病気だったのかしら?」
「そうね……そう言っていいかもしれない。確かに、しばらくの間、きみはちょっと病気だった」
「やっぱり。きっとそのせいね」
それだけで彼女の顔はすぐに晴れた。

<スタニスワフ・レム『ソラリス』(国書刊行会2004)>








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