CuniCoの徒然・・・岩下邦子の独り言

日々の暮らしの中で、立ち止まったり、すれ違ったり。私の中のアレコレを思いつくまま、気の向くまま。

不完全だけど完全燃焼(^^)

2019-01-03 20:00:00 | 日記
昨日今日と『箱根駅伝』をほんの少しだけテレビで観た。
中学高校とよく走っていた私にとって、走る姿は特別なものにうつる。
つい、抜かれた瞬間に「着いてけ!着いてけ!」と声に出る。
全くレベルは違うが競技会で抜かれた瞬間のこの「着いてけ!」は、
もうパブロフの条件反射のように脳みそに刷り込まれている。
ぴったりつかれた時の苦しさが痛いほどわかる。
かわされて離れていく選手の背中・・・
なぜ同じ人間なのに追いつけないのかと何度思ったことか。
ここで走ることを止めればいいのにと、
頭をよぎっても、それを打ち消して走り続けた。

元々、体育が得意だったかというとそうではない。
小学校6年間通信簿はずっとアヒルだったはずだ。
5段階評価の真ん中より下。

それなのに、なぜ走り始めたか。。。
5年生で少し長い距離を走ったら1等賞だった。
多分、辛いからと諦める人の中、辛くても足と腕を動かした。
1等賞をとって、「あ、長い距離ならビリじゃないんだ」
と思ったことがきっかけだったと思う。

中学一年の時、体育の授業で1000メートルの記録が良かった。
体育で初めて3の評価をもらう。
画期的だった。

二学期群別対抗駅伝というのがあった。
1年から3年までのクラスを縦割りでチームを組み、
一年女子から襷を繋ぐ。
スタートなので順位が明確。
一位で繋げば3年の先輩のお家のラーメン屋さんで
ラーメンをご馳走してくれるという。
ちなみに私の兄が3年だったので、可愛がられた(^^)
人参ぶら下げられたら頑張るに決まってる。
一位で襷を繋ぐ。
で、ラーメンの他に通信簿4という事態に遭遇することになる。
そして、大田区の駅伝大会の選手に選ばれ、
大会当日、二年生チームの最終区間に入ることを告げられる。
つまり、二年生チームの一人が一年生チームに入るエントリー変更。
ちょっと、変な空気になったが、仕方ない。
2位で走ってくる先輩が見える。
追い上げる先輩は、ほとんど1位と同時に私に襷を繋いだ。
そこからは先頭に立った、そしてゴールした。
もっと離せたはずだ!と先生に怒られたけど。。。
三学期の通信簿は、奇跡的な5(笑)

というわけで、昔の記憶と体験は、『箱根駅伝』を観ながら蘇る。

が、すでに私は、走れない自分を知っている。
なにしろ、靴を履く動作一つとっても老いている。
あの頃とは違う。
若い頃ももちろん不完全であったが、今は別の意味で不完全だ。

箱根駅伝を観ながら、老いた自分を強く感じた。
私は、もう走れない。
この不完全さは、私の努力では補えない自然現象では、ある。

そして、私はどちらかというと『完全』などということを信じない。
欠けているからこそ、なにかが起こるかもしれないと、ワクワクする。
かといって、どうでもいいと思っているわけでもない。
諦めているわけでもない。
『正義』という言葉さえ、立場によって違うということも知っている。

だからこそ、『自分』なんだ。
杉田誠一氏曰く、『未分化な存在』らしい私は、
このまんま、死ぬまで『未分化』なんだろうな。

私は不完全。
不完全だけど、完全燃焼。
自分なりに。
そんな風に在りたいなと思う。