うさぎくん

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機関銃下の首相官邸

2019年04月24日 | 本と雑誌

迫水久常 ちくま学芸文庫 (文庫は2011年2月、最初の発行は1964年)

二・二六事件から終戦までという副題がついているが、内容はほぼ、迫水氏が現場に居合わせた二・二六事件と、終戦時の内閣である鈴木首相のもとで内閣書記官長を務めた際の記憶が中心である。このうち終戦時の話については、昨年同じ著者になる「大日本帝国 最後の4か月」を読んでいる。

これを読みながらふと、「日本の一番長い日」をまた見たくなって、昨年録画したものを見返してみた。本の感想より先に映画の話をするのも恐縮だが、この映画、海軍に随分辛口ですね。。(前にもそう思ったはずだけど)。大西瀧治郎中佐など、手の早いやくざのような性格に描かれている。米内光政海軍大臣も、ちょっと軽率なひとのような描写になっている。東条英機元首相は、けっこう誰が扮してもそれらしい雰囲気がでるという点で、日本の政治家、軍人の中では特異な存在ですね。

本の話に戻る。難を逃れた岡田啓介首相を救出させるための興亡や、書記官長として御前会議等の手配をした際のエピソードは、その場に居合わせた迫水氏でなければ書けない、貴重な情報だ。それにしても、官吏としての優秀な才能のある方だったとはいえ、なんというめぐりあわせの方だろうか。

今日の日本と照らして、社会のなりたちや感覚のちがいを大きく感じる点。一つは軍隊だ。このことを短い文章でまとめることには無理があるが、やはり第一次大戦、あのあたりで欧州や米国などが体感した危機感を、日本の指導層が十分に共有しえなかったことが、その後の色々なことを招いたのかな。。少なくとも二・二六事件のころまでは、迫水氏も書いていたように国民は軍を基本的には信用したようだ。本書で迫水氏も描いているように、「憲兵」に対する見方も違っていたらしい(これは東条内閣がダメにしてしまった)。

若手将校のあれほどまでの跋扈は、やはり僕には感覚的にわからない。

もう一つは国体という概念だ。迫水氏も笑い話として書いているが、執筆時(昭和38年ごろか)手伝ってくれた若手の人が、なぜ昔は国体がそんなに大切だったのだろう、今はオリンピックで勝つことこそが大事なのに、とつぶやいていたと。

もちろんその国体ではなく、かつて為政者の口にのぼっていたのは国のありかたのことだ。迫水氏は本来「国体」というものは、日本民族が天皇を中心として国家を形成し、天皇を心のよりどころとしながら国を運営していくことで、そこに支配者被支配者の敵対関係は存在しない、もっとおおらかなもののはずだ、という。憲法の制定にあたり、欧州の憲法を参照しながら統治権主体の規定などはなされたが、それでも国民の心情としては従来からのおおらかな心持のもと、うまく運営されてきた。昭和に入り、ファシズムや社会主義が台頭するとこれを日本に取り入れたいという動きがあり、次第に変質させられてきたのだと。

迫水氏は新しい憲法のもと、国民主権と変わった今日においても、日本国のなりたちとしての本質は、大きく変わりはないのではないか、と述べている。

これも、一言ではかたりきれないものがあるが、ただ言えることは、戦後になってからも共産主義やアメリカ的な価値観など、いろいろな考え方が輸入されては、人々の間で議論が起きたり、知らないうちに自分たちの中に取り入れたりしていた。なにかの影響を受けることはそもそも排除できない。さらにいえば、今日のグローバリゼーションとその蹉跌みたいな問題も出ていている。いずれにしても、人々が当然共有していると思っていることも、時代によっては違っていたりするのがまた興味深い。

鈴木内閣の終戦時における慎重な運営、ここでは若烹小鮮ということばで紹介されているが、これは読みながら、自分の今直面している状況に照らして身につまされたりした。やはり歴史から学ぶことは多い。

コメント
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