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右脳と新奇性

2008-02-03 23:29:26 | 文字を読む

 A.Martinなどの研究では、新しい情報が与えられたときは右脳が活発に反応するが、学習して慣れると右脳の活動レベルは低下して、左脳だけのはたらきに移行するとしています。
 ということは、同じ課題であっても人によって脳の働き方は違うということです。
 ある人にとっては新しい経験であっても、別の人にとっては慣れてしまっていて新奇性がないということがあります。
 たとえばソロバンなどは初めての人にとっては新しい経験ですから、脳が活性化するでしょうが、ベテランになれば脳をあまり使わないで使えます。
 考えてみれば当然のことで、学習して慣れた課題でも目いっぱいに脳を使っていては進歩がありません。
 上達すれば能率的に脳が働くので、初心者に比べれば脳血流が増えず、同じことをしても脳はいわゆる活性化はしないのです。
 
 仕事でも遊びでも、初心者のうちは簡単なことでも脳を目いっぱいに使うのでしょうが、経験を積むにつれて能率的にできるようになって、脳を少ししか使わなくてもできるようになります。
 学習するということは、脳を活性化することが目的ではなく、脳を使わないで課題を処理できるようになることです。
 ゲームに慣れた若者の脳が、ゲームをやっているときに活性化していないというのは当たり前のことで、そのことでゲームを否定するのはお門違いというものです。

 音読や簡単な計算をすると脳が活性化するといいますが、やはり慣れればあまり活性化はしなくなります。
 そこで音読のスピードを上げたり、計算のスピードを上げたりするのですが、脳を活性化するということが目標なら意味のないことです。
 脳血流を増やすということでなく、音読の速度を速めたり、計算速度を速めることが目的ならそれはその限りで意味があります。

 音読については黙読に比べれば、口を動かして発声して、その自分の声を評価することになるので脳を余分に使うことになります。
 音読をしたほうが意味が良く分るというのなら音読の効果がありますが、そうでない限り音読のほうがはるかにエネルギーを使うので、読書としては非能率的です。
 実用的な観点からすれば、音読しなくても意味が理解できるほうが効率的です。
 音読の癖がやめられなければ、まず読むときに声を出さず、口だけ動かして読んでみることです。
 声を出さない場合は、声を出す場合より速く読むことができますからそれだけでも音読に比べればましです。
 次の段階では口を動かさずに、心の中での音読に移行し、最後に心の中での音読をせずに、目で見るだけで意味を理解できるようになれば、エネルギーを使う量が少なく効率的になります。