設計事務所の裏窓

夫は建築士。設計事務所をやってます。
裏から眺めた感想、日々の独り言。
不定期便で頑張ります~!

命令子育ての卒業

2005年02月26日 11時10分00秒 | 独り言
褒められた育児は展開していないし 正直子育てが
超苦手である。だから子供に対して
「これが我が家のモットーです」と胸を張れる教育方針もない。
それでも いくらか冷静にこれだけは子供達に言うまい。
そう決めている言葉がある。それは
「勉強しなさい」

いつも思うのだが この言葉で本当に「勉強」をしている
子供がいたら凄いとしか言い様がない。
「勉強しなさい!!」こう怒鳴り 子供らを机に座らせるのは
実は超簡単だ。でもきっと言われて机に向かった子供達は
「勉強」しているのではなく 親の怒りの「命令」に
従ったにすぎない。そして言った親も
「子供の為に言う」のではなく「勉強」している子供の
後ろ姿を見て「ホッとしたい自分」がいるのではないだろうか。

「忙しい」を連発する人に限って実は暇だったり
「貴方の為よ」という人に限って それは自分の為だったりする。

いい加減な人間のくせに 偉そうな事を言ってしまっているが
本当に忙しい人や 人の為に動いている人というのは
案外 何も言ってないものである。というよりも言う余裕が
ないほど必死なのか・・・・

子供が大きくなるにつれて「~しなさい」と命令で終わる
育児はなくなっていく。楽でいいじゃないかと最初は
思ったがとんでもなかった。
「勉強」にしても 自分がこの時間なぜ机に向かわなくては
いけないのか?それが自分で理解し納得して向かわなければ
「自分の勉強」ではない。何しろ身に付いた知識は親が
使う訳ではない。命令されて身に付いたものは自分のものでもない。

これは何も「勉強」に限らない。
自分が今尤も子供と格闘しているのは「片付け」
使った物を元通りにする。こーんな簡単な行為が毎日
怒りの元源となるから呆れ返る。ちらりと見れば息子どもの
机の上は どっちゃりと物があふれていくしで・・・・
こんな時一気に「片付けろ~~~!!」こう怒鳴るのも
簡単である。まあ、日頃から鬼母の如くだから今のところ
こう一発やれば ビクビクとしながらさっさと片付ける
事だろう。でもそれでは彼らは何で片付けるのか?という
意味は考えない。ひたすら母の怒りが怖いから。
これじゃあ どうしようもない時期なのだ。

一発怒鳴りたいのを毎度こらえ 
物を散らかす=必然的に物はなくなる=自分が困る
しいては 他人にも迷惑をかける事にもなりかねない。
自分の管理が出来ない事や 自分で自分の事が何も出来ないと
一体一番誰が困るのか?それは自分自身である。
といった事を説明するところから始まる。
ここで出来てない親であるから 言いながら猛然と
怒りの感情が出てきて まーったく冷静に諭せない。
子供から見れば クドクドと説教して・・・と
なってしまってるのか・・・・

小さい頃は 早く大きくなれば言ってわかる筈だという
思いがあった。その「言って聞かせる」という行為が
実は今の自分には本当に難しい。
親なんてものは こうやって子供に言い聞かせながら
結局自分にも言い聞かせているものなのかもしれない。

人のやる事は いつも完璧がない・・・・