設計事務所の裏窓

夫は建築士。設計事務所をやってます。
裏から眺めた感想、日々の独り言。
不定期便で頑張ります~!

6年後へ向けて

2007年03月22日 10時50分00秒 | 独り言
いよいよ明日は 長男の卒業式。
6年という歳月・・・大人にとっては
背だって伸びる訳じゃなく 何か出来る事が
増える訳でもなく 敢えてくっつくのは
贅肉と怠慢な気持ちと老化って事位だけど
子供の6年というのは恐ろしい。

身長だけで40センチも伸びてしまう。
30センチ物差しじゃ足りないって どういう
骨になっているのかと 改めてびっくりである。

思えば6年前は買い物に行く時でさえ
「一緒に行く~」となぜか一人留守番を嫌がったり
して「チッ、一人で行けやしない」なんて事だったけど
今じゃ
「買い物行くけど」
「行ってらっしゃい」という事になる。
成長したもんだ。ウルウル(涙)と母は来る。
このウルウル 寂しさで?とんでもない。
喜びでウルウルである。

さて4月からは新しい6年が始まる。
この6年で又々 様変わりする子供。
今度の卒業を迎える時は 子供から多分
「おっさんだあ~~」という過程に進んでいるだろう。
ヒゲ生えるし 声変りだし デカイし・・・・
おお、嫌だ嫌だ。
逆に自分はと考えれば・・・もっと嫌だ。
考えたくもないものだ。

まずは新たな6年後に明日着るスーツが入るかどうか・・・
その辺りが 新たな自分への目標となってしまいそう。

なんてショボイ 卒業前の母の心境・・・

生き直し

2007年03月19日 14時14分25秒 | 独り言
子供を育てていると「生き直し」をしている
感覚に陥る。

どんどん子供が大きくなって 自分の記憶のある
年齢に近づくにつれて 自分が同じ年だった
出来事が どんどんオーバーラップし始める。

忘れていたような くだらない出来事とか
「ああ、こんな事やってた!」とか
「こんな事していた!」というような行動を
子供達が同じようにやっていたりする。

子供がうんと小さい頃は そんな事も考える余裕もなく
毎日が暮れればいい、終わればいいという発想だったが
最近は それだけ 子供を客観視出来る立場になっていると
感じる。

だから こっちが雷を落とした時に チラリとこっちを
見る目つきだの「はーい」と返事しながらも 
その裏にある「ウザイ~~」みたいな心の声とかを
ちょっとでも感じると 「全くわかってないや」と
こっちも直感的にわかるようになってきている。

部屋が汚い。
これが目下 子供に どうにかしろと
耳にタコが出来るくらい 言っている事だが
本人達の耳は汽車ぽっぽである。
なんと自分とそっくりではないかあ~~~~!と
今は 呆れるほど 半分ガッカリで半分 感心
しちゃったりしている!

「部屋を」というセリフを吐く度に 確かこの
セリフ うんと前に言われ続けたなあ~と変に感慨深げに
なっちゃたりしている。
あの頃「なんで綺麗にするの~?」っていう疑問と
ともかく「うるさ~~い」しか頭になかった。
考えれば汚ギャルまでいかないけど プチ汚ギャルかも
しれない生活だったかも!うう、汚い・・・・

よく子供部屋を母が手を出して 綺麗にしちゃたり
する場合もあるらしいけど これって多分 見てられない
タイプの母かもしれない。
汚いのが許せないってタイプ。
元プチ汚ギャルの自分は これはない感じで。
綺麗、汚いというより なぜ片付けるかという
そこに目がいってしまう。

自分の持ち物を自分で管理してほしい。
これだけを伝えたいだけなのだが・・・
何度 冷静に なぜ人は物を片付けるかという
話をしても 机の上はゴチャラ~~~という状態に
今日もなっている・・・ああ、ため息・・・

生き直しは 消えてしまった大昔の自分の思い出探しの
ようである。
あんまり自慢出来る思い出でもないけど・・・・


食べる行為

2007年03月15日 15時00分54秒 | 独り言
団塊の世代が一斉に退職となる今年。
テレビでは「いざ!熟年夫婦はどうなる?」
みたいな番組が多い。
やれ熟年離婚が増えるだの 捨てられる夫象だのと・・・
その中で 離婚の原因の中で「意外!」と思った原因は
なんと「お昼の用意」っていうものだった。
意外というか なるほど~~というか・・・

確かに 昼間ずーーーっと一人という生活から
二人っていう生活は180度違うような・・
食事の支度って 生きている限り続く出来事。
それが「面倒」という気持ちになったら
食べる行為がストップしてしまう訳で・・・
(うんと お金あれば話は別だけど)

自分?そりゃあ確かに「面倒」
時には錠剤一つで飢えがしのげて
何も健康的に問題なかったら いいなあ~~なんて
毎日思っている(すんごーく怠け者)
でも 共に同じものを食べるという行為。
それは嫌いじゃない。

「食事」という場面がなくなったら なんと味気ない
毎日だろうか。
久しぶりに会えた友との食事。
ぶつぶつ子供に文句言いながらの食事。
一方的に 自分がずーっとしゃべっくている
夫との食事。
どれもこれも「食べる」という行為と一緒に
相手の顔を見て 笑って怒ってと忙しい。
これは本当に楽しい。
だから逆に 一人の食事は苦手だ。
テレビなんぞつけて 食事というよりエサを食べる
感じになってしまう。

ちなみに我が家は 仕事柄 夫は昼間に外出がない限り
昼食を食べに自宅へ帰宅する。
たまには「いないよ~」なんて こっちの都合で
バラバラの日もあるが 大体は二人での昼となる。
これに慣れると 一人はなんとも嫌になる。
「慣れ」に馴染めれば きっと「面倒」より
「味気ない~」という気持ちが勝ってくれる。

というより 多分「面倒」と思うような
代物を支度していないという事実もあるようだけど(汗)

まあ、要するに「食べる行為」を「面倒」なんて
言い切っちゃうのは よくないって事かもしれない。
「今どきの若者云々」じゃなく最近は
「今どきの おばさん達云々」という話ばかりである・・・

白髪発見

2007年03月07日 15時25分04秒 | 独り言
白髪・・・これを見つけると
「老いだ!」と焦る。
なぜか まだ チラ・・・・チラ・・・で
すんでいるが 家の中にいるゴキじゃないけど
一匹見つけたら100匹!じゃないけど
一本見つけたら10本は 髪のどこかに潜んでいるに
違いない・・・・

大昔 父親の白髪を面白がって抜きまくってたが
「お母さん 抜いてあげようか~」
なんて呑気な次男の誘いには絶対
「駄目~~~!」の一点張りだ。

だってテレビで「抜いたら増える」という
現象を本当にやっていたのだから!
こういうのを頑なに信じるタイプ。
だから抜かせない。
根本から ポチポチと切るのみ。
これって 意外と健康体の毛も切ってしまう。
これはこれで 剛毛には困る事も多いが・・
ともかく 白髪というのは見た目のバロメーター
でもあるらしい。

最近 近所でこう言われる事が多い。
「裏窓さんのご主人 ええ~~!そんな年だったの~?」
なんて時々言われる・・・
これは良い意味で言われるのではなく
多分 あんまり白髪がないせいだと思う。
考えれば 年の割には 夫は白髪が少ない!
多分 自分と同じくらい・・・

苦労のない夫婦って事かもしれない。
苦労・・・多い筈なのに 感じてないのか・・・
それよりも「若く見える」って実は
昔から「老けている」って場合もある。

どっちかというと このタイプに属している感じで・・
という事は 白髪が備われば「老けている」道に
まっしぐら・・・かもしれない。

あーーもうすぐ生誕日。
一年 一年 白髪が増える、贅肉も増える。
年とると 厄介なものが どんどん増えるのだ・・・





肩緩まず

2007年03月05日 09時53分03秒 | 独り言
最近ふと考える。

兄弟じゃなく姉妹を育ててたら
今までの子育て ちょっと価値観変わったのかなと・・・

男だから 女だから。
こういう括りは好かない。
男だろうが 女だろうが ともかく人間。

子供に求めるのは
「自立した大人になるべし」
「他人に迷惑かけるな」
こんなハードルの低い(?)願望しかない。
で、最近は ここにちょっと補足。
「出来れば 好きな人を作って結婚するべし」
これが加わったかなと思う。

「出来れば」という弱々しい願望は「結婚」に関しては
千差万別の価値観があるし強制するような決まり事でも
ないからだ。
ただ親心として 体験者として(?)
「結婚して 出来れば(また弱々しく)親になれよ」
と言ってあげたい。

それは自転車を曲芸師のように前後に子供乗っけて
走っていた時から 一人が乗れるようになり
また一人が乗れるようになりと 自分の後ろに
子供達が自転車で走るように 又 初めてスキーに
行った時 自分の後ろを おぼつかない格好で
滑ってくるように(今は追い抜かされてるけど・・)

自分がした体験を 子供もやってほしいという
勝手な親の願望かもしれない。

「子供育てるのって 大変だよ~」
「だろ~?ハハハ」なんて会話をしたいのかもしれない。
一種の共有なのか。同士みたいに子供がなってくれるのが
嬉しいのか。勝手な自分のエゴは膨らむばかり。

ここで姉妹なら兄弟ならと考える。
多分「結婚」に関しては 全く違う心配と
気持ちがあるような気がする。
男を育てている自分は 冷静に振り返ると
いつも「いつか一家を守る人間」というところが
ちょっぴりある。だから予防接種を異常に嫌がる
女々しい部分を見たり 挨拶がモジモジと出来ない
ウジウジを見ると「大丈夫かよ!」と焦る。

勿論 女だからモジモジ ウジウジしていいという訳じゃない。
でも なんか男っていうのは矢面に立つ場面が多いように
感じる。今の自分を振り返っても というか自分だけかも
しれないが「ここだ!」という決め手は男が表である。

勉強が出来るとか頭がいいではなく 人間的に
「強くなれ!」とつい男に関しては はっぱを
かけたくなる。姉妹だったら 少々 肩の力が
緩む場面が多いのかもしれない。

男女平等。性別の無性別化。
わかっているけど 肩の力 緩まず・・・
多分 息子どもが おじさんになっても緩まず。

古くさくて 勝手な親である・・・

ぶっこわれナビ

2007年03月03日 10時08分36秒 | 独り言
我が家の車には ナビがない(涙)
今どき・・・・と思うが しょうがない。
で、どこかの遠出になると ナビは
助手席の自分の役目となる。

これが家族達からは通称「ぶっこわれナビ」
なぜかといえば とんちんかんな誘導をしながら
尚且つ ジーーーッと地図を見つめれば
「ああ、気持ちわるぅ~~~」とダウンとなる・・・

この近代化した世の中で 車に地図持ち込んでいる
家族も 希少価値ありそうだけど これだけ
車での生活が 一応10年以上あるのに
毎度 酔っている自分も希少価値がありそうだ・・・

なんで酔うのか・・・
小さい頃は 遠足が苦痛・・・
だって 毎度先生の隣か 先生の席に近い前の席。
友達は 遥か後ろで楽しそう・・・
あーーーつまらんというのが毎度の感想だった。

子供に遺伝して 悲しい遠足を味わったら・・・
一応 親心なんて発揮して心配したけど
今のところ この兆候なし。
むしろ 酔いやすい子供が多いらしく
息子どもは いつもバスの後ろ 車輪の上辺りらしい。
うう、書いているだけで あの揺れが襲ってきそう。
バスの車輪の上とか一番苦手だ。匂いも大嫌い。

こんな酔いやすいタイプのくせに なぜか車で
旅行は多い。
もっとも 最近は年のせいか 酔いさえも疎くなり
「あれ?無事じゃーーん」なんていう事が多くなった。


でも油断は禁物で あれは不思議でしょうがないが
あっという間に酔う。
車がバックして駐車場に入る瞬間に酔った事もある。

耳の三半規管の低下とか トロイとか散々に言われるが
敏感 過敏 神経質と勝手に解釈。

春休みは スキー以外では初の電車の旅行を計画中。
「今度は酔わない~~」と思ったが よーく考えれば
現地でレンタカー調達か・・・・(涙)



職業欄

2007年03月02日 08時55分26秒 | 独り言
「ご職業は?」
こう今聞かれると 多分詰まる。
専業主婦って職業なのか?素直に「無職」って
事なのか・・・

大昔 結婚して会社という組織を辞めた時
太平楽で ぐうたら者の自分は
「わ~~い 明日から通勤がな~~い」
なんて くだらぬ事で浮かれていた。

でも考えれば いつも何かの組織に所属して暮らして来た。
小学校から大学という所属の場を次々と卒業すれば
「会社」という組織が待っていて 職業欄と書かなくては
いけない時には いつも書く文句があった。
「学生」だの「会社員」だのと・・・
それが「無」となった時に 初めて
「ああ、全く組織に身を置いてないんだ」と実感。

職業欄が「無」だと カード一枚作るのも難儀と
以前 知り合いが嘆いていたが「自分」という
証明は「組織の何々」という証明がいかに 世の中
浸透しているかという事である。

子供が産まれて 公園通いの頃
「自分の名前を どの場所にいっても呼ばれない」
そう嘆く知り合い達が多かった。
子供からは「○○ちゃんの おばちゃん」
夫からは「お~~い ママ」
無性に「自分は誰?」という そこまで
自分を求める事に発展してしまうらしいが・・・

ここで又々 太平楽の自分は「そうかあ~?」と
まーーったく気にしてなかった。
大体 子供から見れば 10代後半で産んだピチピチママだって
「おばちゃん」なのだ。
「○○のママ」これって立派な自分じゃん。
なんて思っていた。

それでも 懸賞目当てにアンケートハガキをせっせと
貧乏くさく書いている時など「ご職業欄」という
項目があると「うーーん」と考え込む。
一体 家族という豆粒みたいな組織に所属するだけの
人間は 何と書けばよいのやら・・・・

いっそ「裏窓」って書いちゃおうかしら。
誰も わからん・・・・