久遠の絃

-くおんのいと-
since 2003/9/1
キレイな写真なんていらない。もっと本当の姿が見たい

月への階段

2006年04月22日 00時29分54秒 | ことばのうみ
また今日も月が出ていた。淡い光があたりを照らす。それを僕らは止めるすべはなく、ただあるがままにぽっかりと空いた空の穴に魅入られていく。
”ねぇ、寒くない?”
ぼくは小さく声をかけた。
”うん。大丈夫”
そういって君はぎゅっとぼくの手を握りかえした。
秋の空を歩くように乾いた春の風が駆け抜ける。空に光る月は強さを増して、人の明かりのない道を明るく照らす。持っていた懐中電灯さえ今はバッグの中にある。
”今日は明るいね”
君がそういってぼくは小さく頷く。明るい月は見上げるほどに大きく変わっていく。空にあるはずであろう満天の星空はすべて月に吸い込まれ、乾いた空には小さく月だけが顔を覗かせている。
夜の小道はあの場所へと続く。誰も知らない僕らだけの場所。いつか母に連れられて来たことがある。その場所に僕らは向かっている。
父と母が見つけたその場所は、ほかの誰にも知られることなくいつまでもそこにある。誰も知らない道を通り、少しだけ山を登るように。まるで空に月がある時にしかその姿を見せない、そんな道。僕らは歩いていく。
”ありがとう・・・・・・”
そっとぼくのジャンパーを君の肩にかける。春まだ冷たい夜の風が吹き抜けていく。
”もう少しでつくよ”
そう言って、君はうなづいて、僕ら二人は歩いていく。
時。時間。風。月。
何かが通り過ぎていくほどに、ゆったりとした時間が僕らを包み込む。言葉を交わすこともなく、ただ静寂の中に二人の足音だけが響いていく。
たぶん、怖いのかもしれない。静まりかえった場所。その場所を声で乱すのが怖いのだ。凛とした空気の中に、人の声はたぶん大きすぎるのだろう。僕らは時折ぎゅっと手を握りあう。
”さぁ、ここだよ”
道が開けて小さな丘が見える。柔らかな草原が闇の色に染まり、月の光に揺れる。凛とした空気は風をはらみ、駆け抜けていく風の道が見える。息をすることも忘れるほど見上げた月は大きく、手を伸ばせば届きそうなほど。
”あら、波の音がする・・・・・・”
君は小さくそうつぶやいた。
”うん。いってみようか?”
丘の向こう側には海の見える場所。断崖と海から吹く風。見下ろす先には小さな海岸も見える。
”月への階段。”
それ以上の言葉が見つからない。海から上りくる月の光が遠くまで続く階段のように、ずっとずっと続いている。海面を漂う光は空の月へと続くように、淡くゆらりゆらりとたゆたう。小さく聞こえる波の音と耳の奥に聞こえるつばを飲み込む音。感嘆の声さえ上げることなく、ただ見つめるだけの景色。
ほんのりと漂う潮の香りと、君の髪の香りが揺れて僕らは唇を重ねた。
柔らかな風が通り抜け月がゆっくりと僕らを包み込むように。



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