”ねぇ、私たちはいつになったらあの月に手が届くんでしょうね”
ぽっかりと浮かぶ月を見上げて君が言った。細い指をそろえ、白い腕を月へと伸ばす。まるで月に手が届きそうなくらい。でも届かないままに。
”いつかアポロが月に行った。でも僕らはそれ以降月に行った事なんてないんだよね。一番近くにあるのにまるで一番遠い”
”そう、よね。今日の月はこんなに大きいのに誰も行こうとしないなんてね。そこには私たちの知らないことがいっぱいあるはずなのに”
風が通り抜けていく。冷たく澄んだ空気が凛と張りつめて。空が凍えるほどに月の明るさが増すように、月は大きく大きくこの場所を照らしている。
”私ね子供の頃さ、月にウサギが居るって信じてたんだ。今となってはただの作り話なのかもしれないけどね。ずっとずっと信じてた。たぶん真実を知ってからもまだどこかにいてもいいんじゃないかって。何となくそう思ってる”
楽しそうに、寂しそうにぼんやりと月を見上げて君がつぶやく。
”たぶん。たぶん、ウサギはいるよ”
僕は答えた。振り返る君の顔は月の影でよく見えない。まるで笑っているようにも疑っているようにも。
”昔ね、うちのじいさんから聞いたんだ。じいさんたちが方法は知らないけれど月に行ったことがあるんだってさ。アポロの着陸あとも見てきたって”
”それいつの話?”
僕は月を見上げ
”僕が小さい頃。田舎に帰るとよく話してくれたんだ。たぶん方法も話してくれたのかもしれないけれど、難しくてよく覚えてないんだ”
君はくすくすと笑って僕の手をぎゅっと握る。
”いいのよ、気をつかわなくたって。ただの私の思い出話だもの”
僕はその手をぎゅっと握り替えし
”いや、そうじゃないんだ。何となく思い出してきた。そうだ、やっぱりそうなんだ”
”何よ突然”
”いやね、じいさんがさ、月にウサギを置いてきたって言ってたんだ。そして裏の物置に何か変な機械が置かれてたんだ。もしかしたらそれで月に行ったのかもしれない”
そう言ってぼくは手を広げた。まるで二人で”さぁね”というように。
”ただの昔話と思いつきだけどね。なぁ、今度見に来ないか? 月に行ったかもしれない変な機械をさ”
君は少し考えるようなそぶりをして、空の上の月を見上げた。
”そっか、それなら行けるのかもしれないね”
そう言ってまた月に向かって手を伸ばした。