オレの評価が下がる、オレのリーダーとしての資質を疑われる、オレの地位が脅かされる、というような言葉は、中途半端な自称リーダーがよくいう台詞である。部下に対して使っているのを見たことがある。
うぬぼれもはなはだしい。オレがオレがのオンパレードである。つまりは、オレが一番かわゆくて大事だということなのだ。そして、挙げ句の果てには部下をリストラさせ、どっかに転勤させたりしてしまう。それが世の中の常であろう。
評価がからむからである。たとえば、一つの店をまかされて売り上げが目標に達していなかったとする。それを部下のせいにしてしまう。おまえ達の努力が足りないからだという理屈だ。でも、ちょっと考えてみればそりゃぁご自分のリーダーシップがなっていないからでもある。あくまで「も」であるが。
そういう点で、リーダーのあり方というのは難しいのである。
しかしである。リーダーといってもただのヒトである。ボンクラである。普通の人間、ただのヒトである。そこのところを忘れてはアカンと思うのだ。フランクルに学んだことはこれであった。
自分が自分に問うのではないのである。人生から問われていることなのである。フランクルは実に理解しがたいヒトであったが、ダンダン言っていることがわかるようになってきたから実にウレシイ。
それに、ボキは自己否定からすぐモノを考えがちである。これも実はバリアーを張っているだけであるとは気がついていたのだ。他人から責められないということを、潜在意識で考えていた。考えるだけではない。実際行動に移していた。だから、無難な生き方しかできなかった。
それで、定年で退職してからはそのバリアーが無くなってしまった。だから、毎日気楽に生きていられるのであろう。
確かに、依頼された仕事をやらない、逃げてばかりいる御仁も多いからである。できれば、なんの仕事もしたくない、毎日ぼ~~~~っと過ごして朝からビールでも呑んでいたいというのは心情的にはわかる。わかるが、人生からの問いにそれで意味があるのか?と言われたらなにも言えなくなっちまうではないか。
昨日フランクルを読了して思った次第である。
今日は、家人とショッピングセンターに出かける。夜はバイト。塾である。タノシミである。昨日は印西市まで家人と一緒にドライブしていたので、今日はおとなしくしているつもりである。
BYE-BYE!