と~ま君の部屋

楽しい老後を送りたいとやっています。所詮人生回り道。修士(人間学、仏教学)。ぼけ防止・脳のリハビリでやってるブログです。

学徒出陣をした先輩方のようなきっちりとした死生観を持って生きているのだろうかと自省している。

2019年02月27日 18時48分04秒 | とーま君の流儀2019

午後から孫娘が遊びに来ていた。明日と明後日はバイトで会えないから、呼んだ。三日会わないと禁断症状が出てくるのだ(^0^)。

道の駅で、滑り台をやって楽しんだ。嫁さんと古女房殿と孫娘とである。こんなささやかなことしか楽しみがない。

バイトをしていないと、実に毎日がおもしろくない。おもしろくないから、孫娘と一緒に遊ぶことになる。

孫娘が迷惑だろうって?

わははっははははっはははっはははっははははっはははっははは。


しかし、考えてみれば、孫娘が成人するまで生きてられるだろうかという不安はある。成人するまで、あと20年だ。厳しい選択である。それでもボキはしつこく生きていたい。

中世の宗教家で親鸞というヒトは、90歳まで生きた。強靱な体力と、精神をもっていた。比叡山で20年の長きにわたり修行した。これが他の鎌倉仏教の創始者と違っている。道元は、叡山を降りるのが10年。日蓮も12年程度。この時代の平均寿命は40代だそうだから、親鸞が長かったというのは特異な現象であったのだろう。

ボキはこれに注目しているのだ。

一遍も空也も強靱な身体をしている。鍛え上げた体である。細マッチョな体をしている。ここら辺に長生きのコツがありそうだと思っている。西行もそうだ。武士だったから、余計に体力はあったのだろう。しかし、西行の場合は断食をしながら、わざと春爛漫と桜満開の時に、死んだのではないかと密かに思っているけど。かの有名なる「願わくば花の下にて春死なん・・・」の歌は、自死の可能性すらあるからだ。

常に死を見つめていきたい。

その結果、長生きできたらありがたい。

いつ死ぬのかそんなことは誰にもわからないからである。

死を考えていない生は表面的で軽薄である。そう思うからである。事実、ボキの後半生はこのことの思索なしには考えられない。


太平洋戦争で亡くなっていった学徒出陣の大学生たちの和歌を味わうことがある。彼らは突然国家の都合によって、若い命を奪われていった。そして、特攻機に乗って散っていった。ちょっと以下に引用してみよう。

>陸軍特攻隊員の遺書:靖国神社編(1995)『散華の心と鎮魂の誠』展転社 引用

「指折りつ待ちに待ちたる機ぞ来る 千尋の海に散るぞ楽しき」伊舎堂用久大尉(陸軍特別攻撃隊「誠第17飛行隊」1945/3/26戦死)。

「生まれ出る子 お父様は特攻隊長として敵艦に飛行機と共に衝突命中米英ともに打ち滅ぼします。年少にして父と別れたがお母様は本当により母でありお父様と同じ心なのだからよくお母様の教えを守りよい子になるんですよ。病気をせずにお父様の幸福の裡にお前たちと別れます さようなら」片岡喜作中尉(陸軍特別攻撃隊「第81振武隊」1945/4/22戦死)。

「我行カム 唯ダ一途ニ誠心ニ 散リテ花咲ク 学鷲ノ魂」坂内隆夫大尉(陸軍特別攻撃隊「第54振武隊」1945/5/25戦死)
。 

 

 

以上である。

知覧に行ったときも、ボキは号泣した。

亡父も、シベリア抑留で苦しんできた。

その時のことを何度も聞いて育った。亡父の死生観は、こういう基盤を持っていたのだ。修士論文を書いていたときに、そのあたりをレポートして指導教授にもっと深めよと言われた。しかし、懶惰なボキはそれ以上の追究を止めた。

今は違っている。

亡父の亡くなった年齢を大幅に超えてしまった。

きっちりとした死生観があって、生きているのか?って、亡父は今でもボキを叱ってくれているような気がしてならない。

ふうううううううううううううううううむ。

今日はいろんなことを打鍵してしまったなぁ。


BYE-BYE!

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ふんわりとした叙情&しみじみ信心&ほろほろ宗教

2019年02月27日 13時03分15秒 | とーま君の流儀2019

舟唄という演歌がある。あれは名曲である。

お酒はぬるめの燗がいい 肴はあぶったイカでいい・・・・・で始まる。

しみじみ飲めばしみじみと 思い出だけが行きすぎる

涙がぽろりとこぼれたら 唄い出すのさ 舟唄を


以上のような歌詞が展開される。


唄っている八代亜紀ねーさんが、明るい顔で唄っているのが若干気に入らないが。ま、金持ちになったねーさんである。仕方ない。これを美空ひばりねーさんのように、涙をほろりと流して唄ってくれたら、もうボキはたまらんだろう。

こういうのが、演歌の真髄であるということなのだ。つまり、叙情がある。しかもふんわりとしている。涙、涙、涙というわけではない。しつこくない。これが良いのだ。それに和歌のような技巧を凝らしているわけでもない。古今とか新古今のような技巧である。

ふんわりとした叙情である。

こういうのは、我々日本人特有のものなのではないのか。ふんわりとしているからだ。相手を思いやる心情もある。あなただけを想っているという縛りもない。あなただけでないと、死んじゃうからという束縛もない。行く先は相手に任せている。心情を優先させていて、理屈っぽくない。

あぶったイカで美味い日本酒をちびりちびり呑む。

舞台は海岸近くがいい。

潮騒の音を聞きながら、ちびりちびりと呑む。

・・・・・・・なんだか時間が止まって見えるようだ。

こういうのが、日本人の信仰にも宗教にもあてはまるのではないのか。しじじみ信心というか、こだわらないというか、クリスマスも、除夜の鐘も、初詣にも行くような我々日本人である。神仏混淆というのが、まさにぴたりと当てはまるではないか。

西洋宗教の方々から見れば、いい加減この上ないだろう。ホントに信仰心を持っているのかと言われたら、即答はできないからだ。

精神史という観点から、駄文を書いている。こんな視点も良いと思っている。タノシイし。



12:56であるけど、さっきまで図書館でB6情報カードをとりながら、読書していたのである。

それで、そんなふうに思ったのだ。

午後からスパにでも行くか。もうMetsで9000歩は達成したし。

明日は、また千葉市でバイトであるから。

(^0^)


BYE-BYE!



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くしゃみが激しかったので、医院に行っていた。そしたら、ある方にボランティアのことで呼び出された(^0^)

2019年02月27日 07時08分10秒 | とーま君の流儀2019

今年のくしゃみはすごい。お目々もかゆい。(*_*) マイッタ。ドクターのところに行こうとなった。で、花粉症であった。近年は、花粉症くらいで医院まで行くことがなかったが、今年は素直にドクターの世話に。

たくさんお薬をいただいた。仕方なし。

それで歩いて医院に行ったから、またまた歩いて家に帰った。わざわざ遠回りである。ちょっと小雨が降っていたがかまわず歩いた。歩数を稼ぐためである。

で、家に帰った。昨日は千葉市のアルバイトがないから、昼食をいただける。ありがたいことである。

そしたら、電話がかかってきたからすぐ返事の電話をして・・・と家人がのたもうた。

いつも生涯学習でお世話になっている役所の方からだった。午後に会いたいと言われる。別に悪いことをした覚えはない。だから、こっちから出かけますと申し上げた。ボキの家のような、茅屋、貧乏人が住んでいる家にお役人様が来たら、失礼というものである。ボキとは違って、あちら様は現役の仕事人だから、こっちから出かけるのが筋だろうと思ったからでもある。

午後に行った。ボランティアをやって欲しいということであった。困っているのだろうから・・・と引き受けた。困っている方からの頼まれごとは引き受けるというのが、ボキのポリシーであるから。ただし、借金の申し込みはお断り。無一文だからだ。

引き受けたので、ありがとうと言われた。

これでよし、これで。

しかし、他の方々のメンバー表をいただいたが、そこに職業欄があった。

(*_*) マイッタ。

偉そうな方々がたくさんいる。事実偉いんだろうけど。***家とか書いてあった。さらに、ボキには職業がない。あったとしたら、無職かアルバイターだ(^0^)。

それにボキは無学である。そのことも正直に申し上げた。某大学大学院中退である。無学ですが・・・ということである。それでも良いというので、引き受けた。

こんなボキでもボランティアができるのである。

ありがたいかぎりである。

全県単位の仕事をしていたから、地元との関わりが少なかったからである。居住地のみで仕事をしていたわけではなかったからだ。

もう半世紀近く居住地に住んでいるから、恩返しである。

尾畠春夫さんがふと思い浮かんだ。

これで良し、これで良しである。

一期一会。

明るく、元気で、精一杯やらせていただく。

ボランティアをである。


今日も図書館に行く。

原稿を書かなくちゃアカン。

研究誌の編集会議が3月にあるからだ。

タノシイ、タノシイ。


(^o^)/~~~

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2月26日(火)のつぶやき

2019年02月27日 06時38分23秒 | とーま君の流儀2019
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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/