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孤島の鬼(江戸川乱歩/創元推理文庫)

2007-07-16 23:35:00 | 
ご存知、乱歩の長編小説です。

時は大正。
まだ三十前だというのにすっかり真っ白な髪の主人公、蓑浦の独白で小説は始まります。
蓑浦の恋人、初代が突如密室殺人の被害者となり、蓑浦がその事件を解き明かすために頼んだ素人探偵も早々に何者かに殺されてしまいます。
初代の密室殺人や、姿なき殺人者に始まる本作ではありますが、前半・推理、後半・冒険小説といった趣です。

初代は彼女がずっと持っていた先祖の系図を狙われた故に殺されたらしく、どうやらそれには財宝のありかが暗号として隠されていたという意外な展開から冒険小説的に発展してゆくのですが、もうひとつこの作品で特徴的なのがかなり堂々と同性愛が描かれていることです。

主人公の蓑浦は恋人の犯人探しに奔走する若者なのですが、彼の先輩として事件の前後から登場し、後半は犯人の血縁であり謎解き役でもある諸戸道雄。
彼が蓑浦の事を非常に熱烈に愛し、また求愛するのです。
事件に発展する以前に蓑浦が諸戸の説明をするにもよく風呂に誘われただの、手を握られただの、「おいおい」という説明

当初、蓑浦は初代を殺したのは諸戸ではないかと疑う。
(その理由も自分に恋人ができたからその嫉妬のあまりではないかと疑うという凄い理由)
諸戸はそんな蓑浦に対して自分の疑いを晴らすどころか見事な推理を披露し、この事件に本格的に関わることになるのだが、その疑いを晴らす時にも同じ椅子に座って蓑浦を胸に抱きしめ、耳元で囁くのです。

はっきり言って今読んでても凄いな、と思います。
これを昭和四年に連載していたのか、と思うとほんとに凄いなと思います。

最後までこのふたりの(というか、諸戸の一方的な)恋情が諸所に出てくるのですが、無論そればかりではありません。
人工的に箱に閉じ込められて作られた一寸法師、傴僂、男女のシャム双生児など、乱歩らしい登場人物で溢れています。
ふたりはやがてこの事件の首謀者であると思われる傴僂の男(諸戸の父)の住む孤島へ乗り込んでいくのですが、ここはそういった不具者ばかりが住む島でした。
諸戸の父・丈五郎より先に財宝を見つけ、死んだ初代の親族へ渡し、そして犯人丈五郎を捕まえようとするのですが…。

読んでいると、ちょっと諸戸の心を弄び気味な蓑浦にむっとしてきます。
諸戸は自分が決して受け入れて貰えない事を知っていながらも、恐ろしい罪人である父を弾劾して罪に服させようと蓑浦に協力します。
(父親のしでかしたことの罪滅ぼしの気持ちもあり)
ところが蓑浦は、初代の敵と犯人探しをするのは当然として、そこで(諸戸は頭が良いので)知恵を借りるのも、まぁいいとして、初代に似た面立ちの倉に閉じ込められているシャム双生児の片割れの秀ちゃんのことをさっさと好きになってしまいます。
もう最後の方の諸戸は身も心もボロボロです。
ところが秀ちゃんも赤ん坊の頃にひとりの男の赤ちゃんと無理やりに作られたシャム双生児だったので、彼らをひとりひとりに戻す手術もそんなボロボロな諸戸さんにさせるのです。

最後の最後、「大団円」という章の最後に丈五郎ではなく本当の父母が判明した諸戸道雄の母から蓑浦へ宛てた手紙の一文で本作は終わります。
もう、この一文が泣けます
この一文のためだけでも、ぜひ読んで欲しいと思ってしまいます。


三十数年前に高階良子さんが本作をマンガ化した『ドクターGの島』
これを最近文庫で読んで、懐かしくなって原作である『孤島の鬼』を読み返したのでした。
高階さんの作品に触れると、主人公蓑浦が少女に変わっており、諸戸さんの正常な片思いに変わっています(同様にシャム双生児の性別も逆転)
三十数年前の「なかよし」でこのどぎつい同性愛はムリでしょうけれど、その他の設定といい、上手に改変してまとまっている作品だと思います。
コミック文庫を読んだ時、高階さんのあとがきに「『孤島の鬼』に大好きなセリフがあってそれを使いたくて入れたところ、その部分をカットされてしまった」とあります。

…たいへん気になります

改めて『孤島の鬼』を読み、これはこれで忠実に映像化されたら面白いなーと思うんですけど、やっぱりエログロすぎて無理でしょうか。
差別用語もバンバンですし。
諸戸道雄を単なる変態にならずに演じられる人がいないかもねー。
時代背景もあるので、蓑浦くんの名前も凄いですよ。
「蓑浦金之助」ですから!