チョコレート空間

チョコレートを食べて本でも読みましょう

葬列(小川勝己/角川文庫)

2005-12-24 22:46:15 | 
身障者の夫を抱えてラブホテルのフロントで働く主婦、明日美。
彼女の元へかつての同僚で彼女をマルチ商法へ引き込んだことのある葉山しのぶが現れる。
顔もみたくないと思っているしのぶが彼女にいっしょに現金輸送車を襲おう、としつこく付きまといはじめる。
まるで相手にしなかった明日美だが、彼女たちの前に藤並渚という戦闘マニア(?)の若い女が現れた事で急に犯罪計画が現実味を帯びはじめる。
また一方あまりにも気が弱く取り立て先の人間にも小馬鹿にされるようなヤクザの木島史郎。
妻に逃げられ幼稚園の娘と二人暮らしをしていたが組にはめられ、娘を殺されたことをきっかけに彼女たちの犯罪計画に巻き込まれる。
最初は明日美の勤めるラブホテルのひと月分の売上金を納める日に強奪するだけの計画だったが、史郎の所属していた組の組長の家から金庫の金を奪うという無謀ともいえる計画に発展してゆく。

解説に桐野夏生の『OUT』に似ていると評されると書かれていたが確かにくたびれた主婦が犯罪に手を染め、そこからより大きな犯罪へ飲み込まれてゆくというのは確かに似ている。
『OUT』の主人公、雅子ほどの清々しさは明日美もしのぶも持ち合わせていない。
ここで色を放っているのは途中から現れるまだ小娘という年齢でしかない渚である。
銃器や犯罪計画に綿密な知識を持ち、その他にはCGで「ヒカルくん」という想像上の男の子の絵を描いているだけの渚。
現実に生きている実感が湧かないのだという彼女の素性は後半まで明らかにはされず、他の人物に比べるとまったく表面しか書かれずにストーリーは進んでゆくが、彼女がいなければこの計画は成立すらしない。
そして終盤に近づくにつれて書き込まれてゆく渚にしてもそうだがほんとうに意外などんでん返しが仕込まれている。
500ページ強の小説だが次々に展開してゆく事件にどんどん読めてしまう。
ひとことで言うと「俺達に明日はない」的な話でした。


ナ・バ・テア(森博嗣/中公文庫)

2005-12-21 12:41:07 | 
『スカイ・クロラ』続編。
ストーリーの前半で明らかになりますがややネタバレ?1作目に出てきたキルドレの管理職・草薙水素(クサナギスイト)が主人公。
彼女がまだ現役の戦闘機乗りで、有名な天才飛行士「ティーチャ」のいる基地へ配属になる。
クサナギはティーチャに憧れに近い興味を持ち、自分が他人にそんなふうに興味を
持ったこと自体に驚く。
そしてだんだんとクサナギはティーチャを上回る勢いでエースとして活躍する。

前作にも増して空での描写が多い。
心象風景にも似た操縦の描写が読んでいて心地よい。
前作よりもさらに余分なものが切り捨てられているようで、私はこちらの方が好ましく思いました。
と同時にこの作品中のクサナギが『スカイ・クロラ』のクサナギになってしまうのが残念です。
空を飛ばなくなった飛行機乗りの末路なんでしょうか。
歳を取らない、普通の人間より生命力も強い子供の吸血鬼のようなキルドレ。
遺伝子研究の段階で開発されたらしいということであまり多くは語られないが、このキルドレたちの物語の第3作『ダウン・ツ・ヘブン』も楽しみです。
文庫化されたら読みます

これを書いた後『スカイ・クロラ』公式HPを見つけました。
予告編や散香、染赤のペーパークラフトなんかもあって面白いです。
森先生のインタビューなんかも載っています

スカイ・クロラ(森博嗣/中公文庫)

2005-12-19 12:50:44 | 
僕はまだ子供で、
ときどき、右手が人を殺す。
その代わり、
誰かの右手が、僕を殺してくれるだろう。

主な登場人物は戦闘機乗り。
出てくるのは隔絶された世界。
基地とその周辺しか出てこない。
敵も空の上で敵機として出現するだけで「人」としてはまったく描かれない。
主人公カンナミ・ユーヒチは新しい基地へ配属される。
彼は空を飛ぶこと以外は基本的に人間関係にも周りのことにも興味はない。
だからといってそれで悶着が起こるわけでもなく、観念的な情報と共にストーリーは淡々と続く。
まさに森ワールドです。
彼ら戦闘機乗りの多くは「キルドレ」
子供(というのが何歳くらいを指すかは具体的にはないが、16,7歳くらいか?)のまま成長も老いもせず、通常の人より生命力も強く寿命も長い。
子供の吸血鬼のような彼らは刹那的に物を考える(または考えない?)傾向にあり自殺率も高い。
カンナミの新しい上司、草薙水素(クサナギスイト)も管理職には珍しいキルドレである。
だんだん彼女との接触が多くなるカンナミ。
だが彼らは、というより彼女が語るのは恋だとかそういうものではなく常に死。

この『スカイ・クロラ』は森博嗣氏本人が、自身の作品中最高傑作とおっしゃっていたので期待高!だったのですがその件については正直
「そ・そうなのか?」
という感想。
ただ世界設定が独特なので、主人公の設定上ストーリー的にはそんなことはどうだっていいのに学校に通ったりとかいう必要がないのはいいのかもしれない。
とはいえ彼のほかの作品も自称研究者だったり泥棒だったり、サラリーマンとかは警察官(これも推理小説じゃなければ出てこないだろう)くらいしか出てこない。
飛行機のことはまったくわからないのでコックピットの上部の透明な部分がキャノピイという名であるというのを本書で初めて知ったくらいなんですが
空を飛んでいる様子や空や海の色、戦闘の時の無心な動きなどは確かにいいです。
私が読んだのは文庫版ですが、ハードカバーの青空の装丁がとてもイメージぴったりです。
ただ草薙のくどくどしいまでの死へのこだわりよう、そして死を仄めかしてカンナミにつきまとうのがややうっとおしい。
そのべたべたした死の感覚がいただけなかった点です。
しかし全体としてはとても透明感のある話です。
好きな場面は空を飛んでいて日が暮れて空の色が変わってゆく場面や、海の上に不時着したときの回想でしょうか。
実際に飛行機に乗るのは大キライなんですが

ハル(瀬名秀明/文春文庫)

2005-12-10 22:19:13 | 
ロボットは「機械」を越えて人間のパートナーたりえるのか?
鉄腕アトムを読んでロボットへの幻想を抱いている世代へのロボット短編集。

『ハル』
AIBOよりもう少し進んだペットロボット「ハル」が人気の中、女優を妻に持つ作家である主人公は妻をコンピュータでスキャンしたデータを元にしたヒューマノイド型ロボットの制作をOKする。
作られたロボット「アダリー」は話題を呼ぶが売名行為だと言われるに始まり、本人の動きを真似る巧妙さなどからアンダーグラウンドにエロティックな方面へと評判がずれてゆく。
また「ハル」が生きているという噂が世の中に広がりはじめ…。
ロボットに「魂」はあるのか?
『夏のロボット』
ヒューマノイドの研究をしてる康介と妻の恵。
彼らは生まれたばかりの菜都美とともに「ロビタ」を育て、子供の見まねをさせながら人工知能であるロボットを育てるという実験をしている。
恵は叔父の葬式へ行く時に子供の頃に田舎の科学館で出会って、楽しく会話ができたロボ次郎のことを思い出す。
ロボットと人間の真のコミュニケーションとは?
『見護るものたち』
タイの地雷が埋まっている村。
人々が地雷に脅えながら暮らすその村で地雷探知犬と共に研究開発された地雷探知ロボットが地雷原へ出て行くがそのロボットも地雷の犠牲になり、改良型が更に現地へ向かう。
探知犬アインシュタインは爆破されたロボットを連れ戻すために地雷原へ入っていった。
『亜希への扉』
冬の夜、ロボット・コンサルティング杉原の元へ道で投棄ロボットを拾った少女、亜希が尋ねてくる。
ロボットを直してやったことから亜希と杉原の交流が始まる。
亜希はロボットを「ロビイ」と名付けて友達として可愛がるが自分が成長してゆくと共に亜希はロビイが会話プログラムの範囲内でしか話さないことに苛立ちと悲しみを感じはじめる。
『アトムの子』
2003年4月、アトムの誕生日にアトムのロボットが公開された。
しかしそれはアトムの形をした幾つかの会話や動きができるというだけのロボットで、今の技術がアトムの世界の2003年に及ぶべくもないという事実を突き付けただけだった。
それから約30年、教授職を定年退職した竹内はやはり既に仕事をリタイアした研究者達から誘いを受ける。
俺達で本当のアトムを作らないか、と。

これらの話で語られるロボット達はSF小説によく出てくる人間と普通に会話するロボットでも人間以上の力を発揮するロボットでもない。
ロボットへ憧れと幻想を抱き、だからこそ現実のロボットに幻滅してゆく人々が出てくる。
確かに現実でも新しいロボットがこんなことができます、と発表されれば凄いとは思う反面SFファンであれば物足らなさを心のどこかに感じているに違いないだろう。
人と会話できるロボットとはいってもある程度の語彙やプログラムが与えられていて幼児ならともかく大人ではとても底が浅くて会話なんかしていられない。
そんな現在と繋がる少し先の未来で思い描くロボットを作れずに苦しむ人々。
アトムの呪縛に掛かった人々の話とも言える。
アトムへだけではなく登場ロボットはロビタ、ロビイ、アダリーなど色々な名作から採られている。
リアルな描かれかたではあるが、読後感はすっきりしない感もある。
考えさせられるという側面はあるけれどちょっと苦い気持ちになりました。
因みに私の好きなSF上のロボットはアンドリュー、ジスカルド、タチコマかな。


黒い春(山田宗樹/幻冬舎文庫)

2005-12-09 12:21:29 | 
覚醒剤中毒死と思われる少女の検死体の肺から死因とは関係のなさそうな未知の黒いウニ形状の胞子が発見された。
一時研究者の間で話題にはなるが菌の特定ができないままそのことは忘れ去られる。
一年後、とつぜん咳き込み黒い粉を吐いて死ぬという後に「黒手病」と名付けられる病気が日本の各地で勃発する。
彼らの吐いた黒い粉、それは一年前に少女の肺から検出された胞子と同一のものだった。
人から人への2次感染はないものの病が発症してから死に至るまでは約30分、発症すれば致死率100%。
厚生省もなんら手を打つことができないまま、対策チームに任命された3人の研究者たちは菌のルーツを求めてゆくと滋賀県にあるとある島へと辿り着く。。。

山田氏の小説というと『嫌われ松子の一生』というのがタイトルの凄さで前から気になってはいました(未読)
こちらは中谷美紀さん主演で映画化されるようですが、この『黒い春』とはまったく違う種類の小説なんでしょうね。
こういった新種の病気モノというのはある意味ホラーより現実に起こりうる恐怖感があります。
実際に起こったときの厚生省の対応の悪さとか、初期段階では人員を割いてくれないとか、あるんだろうなー
それから原因が発表されるとその草を撒いたり、手紙とかで送りつける事件が発生するとかいうのも凄く起こりそうですよね
原因を辿ってある島に生えているニオイタデという酢酸アミルの匂いのする植物(と言われてもピンと来なかったけどあとで洋梨のようなフルーティーな匂いと出てくるのでだいぶ印象が変わりました)から小野妹子と唐からの使者といった古代史へと推論は拡がっていきます。
これも話を拡げすぎということにはならずに素晴らしい伏線になってきます。
このあたりの歴史推論もかなり面白いです。
主要人物たちはこの未知の菌に立ち向かってゆくわけですが、主人公ってだんだんスーパーマン的活躍をしがちだけれど彼らはそうならずに等身大なところも良いです。