チョコレート空間

チョコレートを食べて本でも読みましょう

夜のピクニック(恩田陸/新潮文庫)

2006-09-29 17:35:57 | 
みんなで、夜歩く。
ただそれだけのことがどうしてこんなに特別なんだろう。

文中に出てくるこの一文、本書をひと言でよく表しているのはこの一文だろう。

毎年高校の行事として行われる秋の歩行祭。
全校生徒が朝から夜通し、翌日までをかけて80kmの距離を歩く。
高校三年、最後の歩行祭を迎えた生徒達の話。
このストーリーを聞いたとき、あまりにも堂々と青春小説らしいので、さすがにこの歳で思いっきり青春小説なのはいいや、と恩田陸作品とはいえ手が伸びなかったのでした。
ところが最近映画化され、文庫化されたので読んでみようかと買ってみました。

主人公の貴子はシングルマザーの母子家庭。
同じクラスの西脇融は異母兄弟である。
融の父親が貴子の母と浮気したのだった。
当の父親は数年前に癌で亡くなり、葬式の時に貴子と融は初めて会った。
同じ高校になり(しかも同じ学年)、高三にしてついに同じクラスになってしまうが三年間通して一度も口をきいたことはない。
時々厳しい視線がぶつかる程度である。
もちろんこの事を知っている者はふたり以外誰もいない。
貴子の親友の美和子も、去年アメリカ留学した杏奈も。
貴子はこの歩行祭で自分の中だけで密かに賭けをしていた。
その賭けとは?

貴子の置かれた境遇は小説的ではあるが、舞台は歩行祭当日の二日間のみで、特に物凄い事件も起きない。
心象風景を中心に、歩く工程と絡ませながらストーリーは淡々と進行してゆく。
歩行祭自体も、実際に恩田氏が卒業した水戸一高の行事だったということもあってか辛い行事を美化するというより辛さにリアリティがある。
そしてやはり本書も恩田氏特有のノスタルジーが溢れている。
心の中では思っているけれど明文化されない気持ち。
自分は体験していないのに経験したことがあるような懐かしい出来事。
そんな場面がそこここに散りばめられているのだ。

「麦の海に沈む果実」の世界のようにここに出てくる少年少女もだいだい美しい。
美々しいという派手さではなくて、しなやかで凛とした美しさである。
父の浮気という出来事が出てきたり、高校最後の大々的イベントの中で当然誰が好きとか、誰と誰が付き合っているという話もよく出てくるのだが、彼らに性の匂いはない。

この夜通し(2時間だけ仮眠を取る)行われる歩行祭に自分も参加してみたい気持ちにさせられる。
しかし体力には自信がないので自由歩行の時間になったとしても絶対に走るなんて事はできないだろうなぁ
かなりの「鍛錬歩行」ですよね。
解説にも書かれていますが、ほんとうに世代を超えて読める一冊だと思います。
かなり、お薦めです。

名もなき毒(宮部みゆき/幻冬舎)

2006-09-19 00:35:38 | 
「誰か」に続きお婿さん探偵(?)杉村さんが主役の第二弾。
今回は事件性が高いです。
コンビニなどの飲み物に青酸カリを仕込んだ4件の無差別連続殺人が世間を賑わしている。
杉村はその4件目の被害者の孫である女子高生とふとしたことから知り合う。
また事件とは別に杉村のいる今多コンツェルン広報課は質の悪いアルバイト、原田いずみに悩まされていた。
さんざん彼らを振り回した挙句、編集長を殴り暴れて原田を解雇することでこの件は落着するに見えたが、今度は嫌がらせや脅しのような電話や手紙がかかってくる。
一方連続殺人の方は犯人が自首してくるのだが、彼は自分がやった事件は2件だけだという。
4件目の事件の容疑者としてその女子高生の母である被害者の娘、古屋暁子が警察にもマスコミにも取沙汰されるようになってゆく。

『名もなき毒』とは?
本書では色々な形の「毒」が出てくる。
顔の見えない相手を無差別に狙った青酸カリ、杉村が広報の取材や自分の引越しの時に出会ったシックハウスを引き起こす環境・土地に含まれた毒、突然社内に現れた原田いずみという名の毒…。
この関係ない毒がだんだん絡まり、事件は終息に向かう。

映画などはえてしてパート2の方が詰まらないけれど、本書は第一作である前作より数段面白いと思いました。
最初に書いたように事件性が派手なこともあり、また2作目ということで最初から登場人物たちにすんなり入っていけたこともあるでしょう。
主人公は至っておとなしい人物ですが、一作目同様物語の後味は苦いものが残ります。
ちょっとした瞬間に平凡な環境に育ってきた自分といま自分がいる世界-今多コンツェルンの娘婿(跡取りではないが)という上流階級の暮らしに違和感、へだたりを感じる杉村。
ラストではそれが残ったまま終わる感じです。

また怖いなと感じたのは、連続無差別殺人なんていうのはほんとうに本やドラマでの出来事で、原田いずみみたいなちょっと壊れた人も身近に感じるものではないはずなんですが、会社に勤めている身としては周りにいますよ、プチ原田いずみみたいなの。
特に短期で出入りする入れ替わりの激しい派遣社員さんの話を友達としていると、「うちにはこんな凄い人がきたことがある」という話題でけっこう盛り上がれます。
もちろん派遣さんに限ったわけではないんですが。
怖い世の中です



死者の書(ジョナサン・キャロル/創元推理文庫)

2006-09-18 02:21:21 | 
高校の教師だったトーマス・アビイ。
彼は昔から心酔していた天才作家マーシャル・フランスの伝記を書くことを思い立ち、仕事を辞める。
フランスの本から知り合い、恋人となったサクソニーとふたり、フランスの故郷である小さな田舎町ゲイレンを訪れた。
そこには今もフランスの娘、アンナが住んでいる。
彼らはアンナにマーシャル・フランスの伝記を書く許可を得ようとフランスの事を調べつつゲイレンに滞在する。
何も事件の起こらない田舎町、退屈な町であるはずだった。
他と比べてブルテリアの数が少し多いことぐらい。
しかし彼らの言動は何かが少しずつおかしい。
やがて彼らはアンナに伝記作家となる許可を貰い、まず試験的に期限内に第一章を書くということになる。

キャロルのデビュー作である。
こうやってストーリーを説明すると、なんて本質を説明できていないんだろうと思う。
しかしストーリー自体はこのとおりに淡々と2/3くらいは進んでいく。
キャロルの小説は
「あれ?ホラーとかダーク・ファンタジーとか聞いたけど?」
と思うような展開をする。
最後の数ページまでその状態が続くことだってある。
この話も天才作家マーシャル・フランスと彼に魅せられたトーマスとサクソニーの話であるかのように進んでゆく。
しかしブルテリアが寝言を言い始める頃から物語の様相はくるりと変わる。
そして最後の数ページでぎょっとするような急転直下のクライマックスを迎える。
更に最後の1ページで意外な展開をして突然終わるのだ。

これは一度読んでもらうしかないというキャロル独特の世界である。
そして
「なにこれ?意味が分からない」
とか
「どこが面白いのかよくわからん」
となるか、もっとキャロルの本を読みたくなったり、同じ本を再読する羽目になるようになってしまうか、かなりすっぱり別れるだろうと思う。

私の場合、恩田陸さんがあるとき「私の一冊」ということでこの『死者の書』の紹介帯を書いていたのを見掛けて読んだのがきっかけでした。
数冊読んだのですが、先日短編集の「パニックの手」が文庫化したのを読んで改めてキャロル面白いなぁと思いました。
しかしこの『死者の書』を含めストーリーを自分でびっくりするほど忘れていました…
というわけで今回この本は再読。

改めて、面白いです、キャロル。
くどいですが普通のホラーなどのようにじわじわと事件が起き始めてそれが徐々に広がり、劇的な場面で収束する、という形はまったく取らない。
人物も面白いし、この天才作家「マーシャル・フランス」
もちろん架空の作家ですがとても魅力的です。
彼の書いた『笑いの郷』や『緑の犬の嘆き』『桃の実色の影』を読んでみたくなります。
登場人物の「油の女王」とか凧のクラングとかも気になります。
なんとなく心の中でテニエルの絵を想像してしまいました。

短編集にしてもそうですがこんなにストーリーを説明し難い人はなかなかいません。
そしてこの独特の気持ち悪さ、ぎょっとさせられる感覚は他ではないです。

恩田陸さんの『月の裏側』はちょっとキャロルを彷彿とさせる部分がある気がします。


神様からひと言(荻原浩/光文社文庫)

2006-09-15 17:10:29 | 

「お客様の声は神様からのひと言」

-という社訓がある珠川食品。
ここへ再就職した佐倉涼平は上司とトラブルを起こし、ショムニのような吹き溜まりの「お客様相談室」へ左遷される。
そこにいるのはギャンブル好きの遅刻常習犯やパソコンオタクや客からの苦情のストレスで声が出なくなった男など…。
客からの電話も質問や普通の苦情から嫌がらせや言い掛かりのようなものまで様々だ。
すっかり嫌になる涼平だが、だらしはないが謝罪・苦情処理のプロ篠崎について仕事をしていくうちに苦情処理方法だけではなくいままでの自分のダメだった部分に気付き、徐々に人間として学び成長してゆく。

タイトルを見たとき、とてもシリアスな感動モノかなと思ってました。
冒頭の落とし方もそうですが、かなりコメディタッチです。
謝罪の心得などサラリーマン的には役立つような心掛けも多い感じもします。
もちろんこれは小説ですから、現実は篠崎のようにうまくいくもんではないでしょうけど。

コメディなのはいいのですが、戯画化されすぎなベタなキャラが多くて私はだめでした。
生き生きとしているというか、どうも上滑りな薄っぺらい印象。
「噂」は女性警部補のキャラが面白いと思いましたが、「ママの狙撃銃」はどこが面白いのか判らない感じ。
人に貸してもらうので何冊か読んでいますが、この人の個人的評価はあまり高くありません
しかし本書の評価は世間的にはかなり高いようです。

誰か(宮部みゆき/実業之日本社)

2006-09-03 02:46:16 | 
児童書の編集者だった杉村はふとしたことから今多コンツェルンの令嬢、菜穂子と結婚し、周りからはマスオさん生活と思われながらも円満に暮らしている。
ある日義父である財閥会長から頼みごとをされる。
個人的な運転手であった梶田という男が先日自転車との接触事故で亡くなり、犯人は不明。
彼のふたりの娘が父の伝記のようなものを書き、それが犯人探しの役に立てたられればという相談をされたので杉村に相談に乗ってやって欲しいということだった。
神経質で心配性な姉と攻撃的といえるくらい勝気だが幼い妹。
なんとしても犯人を捜すという妹に、後ろ暗い過去があるらしい父の過去を掘り返したくないという姉。
目撃者の証言では赤いTシャツを着た子供が自転車で走り去っていったという。
事件はどのような結末を迎えるのか。

なかなか地味な話です。
事件性はあるもののひとりの初老の男性の事故死について調べてゆく。
犯人による妨害工作なども起きなければ、主人公が卓抜した推理力で警察を出し抜いて真相にたどり着くといったこともない。
登場人物たちがこうではないかと推理することが当たることもあれば全然的外れなことも少なくない。
リアリティといえばそれがリアルなんだろうけれどやっぱりちょっと物足りなかったです。
事件性だけではなく妾腹ではあるけれど財閥令嬢と結婚することになった杉村の家庭についてとか、ふたりの姉妹についても描かれています。
この双方が陰と陽というか、ラストは事件そのものよりもそう来るのか!?という姉妹の関係が明らかにされます。
それまでほんわかムードで進んできたこの話のいちばんのどんでん返しであり、かなり毒を含んだ終わり方になっています。
それゆえ読みやすかったけれど後味は悪く終わります。
宮部みゆきさんという方はそれこそ時代小説からブレイブストーリーのようなものまでオールマイティーに書かれる方なので、その本によって全く印象が違います。
私は現代物では「魔術はささやく」や「龍は眠る」のような作品が好きなのでこの本はイマイチでした。
最後の部分は驚かされましたが、全体的に赤川次郎などを思わせるライトな雰囲気が苦手です。
杉村が調べていく中で出会う人々の下町っぽい雰囲気の描写がとても活き活きとしていて、こういう宮部さんらしさは好きなんですが。
読みやすさからいうと、こっちよりだいぶ(特に最初の部分なんかはしばらく)読み辛かったですが「模倣犯」なんかの方が好きです。
本書は続編が出ています。
失礼ながらどっちでもいい気持ちなんですが借りたので読みます。