音楽座ミュージカル「
泣かないで」をDVDで鑑賞。
・・・「泣かないで」って言われたって
泣いちゃうもん
今回、本当に予想以上の素晴らしい出来映えでした。
涙腺ゆるみっぱなしでした。
新生・音楽座(Rカンパニー)作品については、これまで「
21C:マドモアゼル・モーツァルト」と「
とってもゴースト」を、それぞれDVDで観ています。「泣かないで」のレビューに入る前に、そのあたりのことを簡単に・・・
正直なところ「モーツァルト」は、少し違和感がありました。どうしても
小室哲哉さんが担当した音楽、そして当時モーツァルトを演じた
土居裕子さんの印象が強すぎることもあり、変更された演出や音楽、戦争にまで踏み込んだシナリオなど、「
なにかが違う」という感想をもちました。このあたりは、いずれ詳しく書きたいと思いますが、違和感を感じたのは作品そのもので、モーツァルト役・
新妻聖子さんや、コンスタンツェ役・
中村桃花さんなど、若い役者の方々の芝居については決して悪くありませんでした。特に中村さんは「泣かないで」でも重要な役(三浦マリ子)を演じていますが、確かまだ10代か20代になったばかりで、
なんでここまで貫禄が?とビックリするほどの力量を持っています。
ところが同時に買った「ゴースト」の方は、しっかり「音楽座」していました。これはシナリオ、演出ともに、基本的なラインについては変更することなく、音楽も当時のままだったこともあると思います。
広田勇二さん演じるガイドは、従来の
三谷六九さん、
佐藤伸行さんとは、ガラリと印象が違うものの、「こういうのもアリかな」と思いました。
安中淳也さん演じる服部光司も良かったです。
音楽座(私はそれ以前の「劇団音楽座」時代の活動は全く知らないので、ここでは1988年「
シャボン玉とんだ宇宙(そら)
までとんだ」以降を指しています)のミュージカル作品は、作品の持つテーマや雰囲気が、わりとはっきり「
前期」と「
後期」に分かれます。「前期」は演出家の
横山由和さんが中心となっていた頃、「後期」は「
ワームプロジェクト」(現在は「ワームホールプロジェクト」)として、演出やシナリオの段階から「
集団創造」を行っていた頃です。1996年の解散までの作品でいえば、「シャボン玉」「ゴースト」「モーツァルト」「チェンジ」「アイ・ラブ・坊っちゃん」が前期、「リトル・プリンス(星の王子さま)」「泣かないで」「ホーム」が後期にあたります。その後、プロデュース公演期に制作された「
メトロに乗って」もありますが、これも後期の流れをくんだ作品です。横山さんは後期でも演出を担当していましたが、シナリオ作業に関してはオブザーバー的な役割だったと思われます。現在の上演の際、はっきり「脚本」にクレジットされるのは、上記5作品です。横山さんは、1996年の解散以後の作品については、一切タッチしていません。
どっちが良いか、またはどっちが「音楽座らしい」かというよりも、私たちファンから見れば「
どっちも音楽座」なんです(もちろん好みは分かれるでしょう)。前期作品の上演に際しては、残念なお話ですが、
権利関係で色々とモメてたらしいです。そのあたりの問題をクリアした結果、昨年めでたく「とってもゴースト」が久しぶりに再演されました。解散以降のプロデュース公演で再演されたのは「
泣かないで 97」「
星の王子さま 98」「
アイ・ラブ・坊っちゃん 2000」と、「坊っちゃん」を除いては後期作品が中心でしたが、今後は前期作品も再演されることでしょう。
前フリが長くなりましたが、今回観た「泣かないで」は、音楽座後期の1994年に初演されました。原作は
遠藤周作さんの「
わたしが・棄てた・女」です。過去に2度映画化もされています。(浦山桐郎監督「私が棄てた女」1969年/熊井啓監督「愛する」1997年)
物語は終戦直後の東京を舞台に、貧しくも野心満々な青年・吉岡努と、他人の苦しみや哀しみを自分のものとして捉えてしまう少女・森田ミツの出会いを描いた作品です。「金がほしい。女も欲しい」と日々の貧乏暮らしを嘆きつつもアルバイトに精を出す吉岡は、文通でミツと知り合います。純粋に吉岡のことを想うミツに対し、吉岡は一夜の情欲を満たす存在としかミツを見ていなかったのです(
全くヒドい男です)。
「
なんでもないじゃないか・・・誰だって男ならすることさ」
冒頭、自らの罪を弁解するように呟く吉岡の胸に去来する「寂しさ」とは・・・ミュージカルを通じて、それが解き明かされ、男の心にいつまでも残る「痛み」の切なさに、そして「聖女」となったミツの神々しいまでの清らかさに、観る者は胸が締め付けられるのです。
初演では、森田ミツ役を
今津朋子さん、吉岡努役を
畠中洋さんが演じました。当時、音楽座の研究生だった今津さんが、新作の主役に大抜擢された作品でもありました。作者の遠藤さんは激賞したといいますし、第4回グローバル舞台賞、第2回読売演劇大賞などを数々受賞しています。しかし、それまでの音楽座作品とはカラーが異なるためか、当時の音楽座ファンの間では評価が割れた作品でもありました。
私はこの作品が大好きで、その前に「アイ・ラブ・坊っちゃん」を観て大ファンになった畠中さんを、ますます好きになった作品でした。元嫁が最初に惹かれた音楽座作品も「泣かないで」だったといいます。当時NHKで放送されたため、この1994年版に関しては、録画したものを何度も繰り返し観ています。繰り返し観ているだけに、演出や歌、台詞の変更があると、今でも速攻気がついてしまいます(笑)。
この「泣かないで」は、音楽座解散後の1997年に「泣かないで 97」として再演、これは新神戸オリエンタル劇場まで観に行きました。前年、音楽座解散公演として「マドモアゼル・モーツァルト」が上演された劇場でもあります。いやが上にも期待は高まるのですが・・・このとき見た「97」の印象は、私にとっても元嫁にとっても「
最悪」でした。
先にも申し上げたように、私は94年版の印象が非常に強く、「97」は一度観たっきりです。だから細かいところは完全に忘れてしまっています。この「97」が良かったと思う人もいると思いますが、私にとっての印象は非常に悪いものでしたので、多少「美化」ならぬ「
醜化」しちゃってる面もあるとは思います。でも、久しぶりの音楽座作品の復活で、しかもこの作品だというのに、「
全く泣けなかった」ことだけは確かなんです。
まず、役者のレベルが全く「
水準」に達していない・・・これは致命的でした。吉岡役もマリ子役も全然ダメでした。ミツ役は今津さんでしたが、あまり作品に「
乗れてない」感じを受けました。ダンスシーンは大幅にカットされているし、マリ子が「色」を説明するパートなど、ダンスが魅力なのに、マリ子は全然踊らないし、見せ場の一つ「オフィス・ウォーズ」も、「
さぁ、ここから踊るよ。一生懸命稽古しましたよ」感をバリバリに受けました。そんなことを観客に意識させるようでは、舞台として失格なんです。「
学芸会じゃないんだから」とまで思いました。
演出的にも、冒頭に戦後の事情を説明するようなパートが挿入されているんですが(初演で「恋愛の法則♪」と長島が歌うシーン前後)、ここで「
何を言ってるのか全然わからなかった」のです。2幕はまだ良かったんですが、吉岡が登場するシーンは特にダメでした。吉岡って、
もう一人の主役なんですよ!(^^);
つまり何が悪かったか・・・
寄せ集め感が強すぎたのです。
柱になる役者が全然いない・・・初演キャストの今津さんがその役割だったのかもしれませんが、今津さん、まだデビューから3年目です。どう考えてもまだ「
新人」レベルです。初演のときの神懸かり的な芝居は、先輩である相手役の畠中さんや、
石富由美子さんたちに支えられていた面も大きかったんじゃないかと、今となっては思うのです。もちろん今津さん自身、大変力のある女優さんですし、そのことは今回の「泣かないで」でも十分証明されましたが、「97」の時点で、そこまでの任を負うのは早すぎたんだと思います。「97」のときの芝居には、少し
キレがない印象がありました。
とにかく「泣かないで」の再演に関しては、そういう印象が強かったので、実は今回もDVDを観る前には少し不安がありました。吉岡役も随分若い役者さんで、しかもこれが初舞台という話でしたから・・・吉岡役は、大学生からスタートして、恋愛して、結婚して・・・という、わりと長い年数を舞台上で演じることになります。だから漠然と20代後半か30代の、ある程度は社会経験を積んだ役者さんでないと、この
深みを演じるのは難しいんじゃないかと・・・。実際に「97」で吉岡役を演じた人も大変若い人でした。その若さ故に、ミツの方が
年上に見えてしまう(しっかりしてそうに見える)という
致命的な問題があったのです。
ところが今春大学を卒業したばかりという
吉田朋弘くん・・・彼は
大物です。この難役・吉岡をしっかりと見事に演じきっていました。吉岡の嫌な部分、屈折した部分、そして後悔の感情がしっかり出ていて、歌やダンスも申し分のないものでした。もちろん細かいことを言い出せば、決して100点満点というわけではありませんが、これからも続けて吉岡を演じたり、他の役を演じたりして経験を積んでいけば、30歳前後には
完璧な吉岡が観られるんじゃないでしょうか。それだけ期待十分な若手俳優です。かつての畠中さんの位置につける素質があると思います。
今津朋子さんも今回は良かったです。まず見た目があんまり変わってない(笑)。初演から12年も経っているわけで、当時20代前半だった
モコちゃんも(
なれなれしい)、今では当然12年
加算されてるわけです(笑)。でも芝居については「97」の頃より良くなっていました。雰囲気も可愛らしい。もともと子どものような声を出せる人だし、わりと年齢より若く見えるところがある人なので、芝居や歌の声には全く違和感なし。ただ、最初の方でミッちゃんが上ずった声で話したりするシーン、幼いというより「
おばあちゃん」っぽく感じた部分も(^^); 復活病院に行くシーンや1幕ラストなど、以前にも増して感情がこもっていて、思わずこっちが
涙目になってしまいました。演技にさらに深みが加わっていたと思います。
加納たえ子を演じた
浜崎真美さんも良い感じでした。どうしても初演の
渋谷玲子さんのイメージが強いので、どんな感じかと思っていたら・・・なんと
関西弁(笑)。たしかに彼女は京都から来たという設定です。だから関西弁を話す方が自然なんですが、標準語を話すことに慣れていただけに、少し違和感はありました。もちろん歌や演技そのものは申し分なく、本当に辛いのは病気よりも「誰からも愛されないこと」に耐えることなんだと話すシーンや、ミツに指輪をあげて見送った後に泣き崩れるシーンなど、大変印象に残りました。
スール山形を演じたのは
秋本みな子さん。彼女は劇団四季時代に様々な役で拝見していますが、こんなに
音楽座にマッチする女優さんだとは思わなかった・・・歌声も芝居も、正直言って四季時代より磨きが掛かっていて素晴らしかったです。劇団四季の舞台は完成度が高いだけに、あまり自由が許されないところがあるように見えますが、音楽座は役柄を自分でしっかり作り込んでいけるんだなぁということを、秋本さんを観て改めて感じました。当初は同じく元四季の
井料瑠美さんが演じる予定だったのが、病気降板により秋本さんになりました。井料さんも素晴らしい女優さんですが、スール山形に関しては秋本さんの方が合っている気がします。
そして三浦マリ子役が
中村桃花さん。先にも少し触れましたが、この人たいへん若い女優さんにもかかわらず、
貫禄十分なんです。歌、ダンス、芝居と三拍子揃って素晴らしく、「21C:マドモアゼル・モーツァルト」でコンスタンツェを演じたときから輝いていました。今回はマリ子役ということで、吉岡との
恋愛描写もあることから、こんな若い女優さんで大丈夫かなと思っていましたが、全くの
杞憂でした。これからの成長がますます楽しみな一人です。
各シーンの感想としては、まずは冒頭部分の「
人生賛歌!」。これは今回新しく加わったシーンです。「97」でも同様のシーンがあったんですが、先にも書いたように全く
ダメダメでした。しかし今回はバイトを斡旋している「
金さん」という新たなキャラクター(
佐藤伸行さん)が加わり、当時の日本や学生たちの背景を説明しつつも、「オフィス・ウォーズ」のバリエーションに乗せた歌やダンスに彩られ、楽しくもわかりやすいシーンになっていました。初演の「恋愛の法則~」という歌と入れ替わっていますが、良い変更だと思います。ここに出てくる長島役の
安中淳也さんもダンスもシャープで歌も良かったです。
「
街の灯」のシーン(吉岡たちがチャップリンなどに変装)は、初演版の方がテンポが良く、より笑えた気がします。「
オフィス・ウォーズ」は、今回のダンスも派手で良かったんですが、こっちも初演版の椅子を使ったダンスの方が、独特な雰囲気もあって良かったんじゃないかな。部長役の
新木啓介さんは良い雰囲気でした。声も良い人なので「エリート」って感じがします(笑)。
「
彩・コロジー」はマリ子さんが踊ったのが良い!やっぱりここは踊らなくちゃね。ただ、初演のコミカルな雰囲気の部分がカットされていたのは残念。吉岡はここではあまり華麗に踊るより、少し
コミカルな方が面白かった気がします。ここら辺のコミカルさは横山さんの演出だったのかも。
「
ゴシップ」の歌は「97」の方を下敷きにしていましたが、これは良かったです。初演版よりシャープかつ
バカっぽい(笑)。「
眠れぬ夜」の五重奏はやっぱり素晴らしいです。一人一人の心もようが映し出されたような秀逸なシーン。私が大好きなシーンの一つです。
そして「
ミラクル」・・・耳を澄ますと聞こえるピアノの旋律・・・そして美しい竹林の中、患者たちの生命の鼓動が聞こえてくるようなダンスシーン。ハンセン病の患者は、国の誤った隔離政策や人々の偏見により、人間扱いすらされなかったという、あまりにも哀しい歴史があります。小泉首相(当時)の元患者の人々への謝罪も記憶に新しいですね。「泣かないで」は、まだまだ偏見も根強かった時代の物語です。「ミラクル」は、彼らも人間なんだ!という、当たり前のことながら当時誰もわかり得なかった真実を浮き彫りにし、人間扱いもされず、隔離されたまま斃れていった彼らの魂の叫びが聞こえてくるような気さえします。そのようなことを思いながらこのシーンを観ていると、思わず涙が頬を伝いました。やっぱり名シーンです。
「
ビギン」に関しては、ビデオで何度も聴いていたということもあるとは思いますが、初演版の方がメロディと歌詞のバランスの意味でも、良かったかなと・・・高峰秀子がどうとか、ちょっと説明的すぎる感じも受けました。
全体を通しての感想としては、演出のテンポが初演の方が良かったとか、若干くどすぎる感じのするシーンがあるとか、細かい面では色々と意見もあるものの、概ね満足度の高い良い作品だったと思います。1996年に音楽座が解散して以降の作品としては、もっとも舞台としての完成度が高かったのではないでしょうか。
最近は、Rカンパニーの「劇団」としての結束力が高まってきたように見えるのも、ファンとしては嬉しい限りです。どうしても解散後の公演は、外部の実力者に頼っている感じが強く「寄せ集め」の雰囲気が漂っていたからです。
DVDには特典映像として、俳優さんが4人ずつ裏話を披露するトークが収録されているのですが、これが笑えてしょうがないのです。本編で泣いた後は、特典で大笑いできる趣向ですね(笑)。なんかメンバーがすごく仲良さそうで、とても良い雰囲気なんです。
モコちゃん(今津さん)は大阪出身(以前のプロフィールでは「奈良県」とあった気もしますが、DVDのリーフレットには「大阪府」って書いてます)なんですが、
素で喋っているときはバリバリの
大阪弁!思わず「
リアル佳代ちゃんだ~!」と思ってしまいました(^^); (※)
(※)
佳代ちゃん=「シャボン玉」の主人公で、今津さんが演じたことがあります。残念ながら「シャボン玉」本編は観たことがないのですが、当時出ていたビデオ「ジャストクライマックス」で、今津さんの演じる佳代を何度も観ているもんで、すごく印象深いのです。ちなみに悠あんちゃんを演じてたのが畠中さんで、まるで吉岡さんと結ばれたミッちゃんみたいでした(笑)。ちょっとググってみたら、最近も
高校生が演じたりしてるみたいですね。この作品、早く再演して欲しいです。
隣の佐藤伸行さんを
バシバシ叩きながら話すモコちゃんの姿は、当時の音楽座を知る私としては微笑ましすぎて、なんだか嬉しくなってしまいました。さらに浜崎さんも大阪、秋本さんも兵庫ということで、この関西3人娘(笑)+佐藤さんのトークは、ものすごく弾けていて楽しかったです(^^)
ということで、ものすごく長文になってしまいましたが(笑)、かつての音楽座が好きだった方にも、この「泣かないで」のDVDはお勧めしたいです。
公式サイトの通販で購入可能です。