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随時随所楽しまざるなし

計画作成こそ勉強

2017-10-03 04:07:25 | Weblog

 おはようございます。

 この章の第1節は計画の大切さを説明しています。すみません。ここでまた脱線。本に書かれた企画の話を置いておき、私の勉強の話です。

 成城学園の初等科には試験はありませんでした。入学試験も高校の教員の息子のため、形ばかりの面接だけでした。初等科の授業は全て自習。私は早さを競うのが楽しく、算数を長期休みに自宅学習。5年生の時に小学校の教科書を2種類終え、先生がくれたドリルを数冊やりました。6年生の2学期には、中学校の教科書を自習しました。速い進度が楽しかっただけ。

 中学校の一学期に初めてペーパー試験。数学の授業は良く分かり、試験勉強しませんでした。国語は嫌い、小学校では勉強せず、隣と雑談。英語は中学で初めて勉強するも同然でした。下級生の時から毎週1回英語の時間があったと思いますが、英語の歌のゲームが中心。今でも歌えますが、読み書きなど、アルファベットだけでした。

 担任は英語の赤司繁雄先生、中学一の怖い先生でした。以前にたくさん書きました。私は怖い先生の言う通りに英語だけよく予習。翌日の教科書のページをたくさん音読しました。あがり症だからです。1学期が終わり、成績を見ながらの個人面接がありました。

 先生が成績を見せてくれる前に、英語はどうだったと思いますか、と言いました。私はスペルはできた、発音はだめ、文法も分かりませんでした、と確か答えました。所が、先生が、読み書き文法、全部よくできていましたよ、全て5です、と言いました。意外でした。

 成績を全部見ました。国語は3-、これは予想以下。数学は3+、これは驚きました。初等科で一番の進度だったのに、3+。これはまずいと思い、2学期から、試験の2週間前に勉強計画を作りました。でも巨人戦のテレビを見て、11時前に寝てしまったから、どんどん計画は遅れました。毎日少しずつ、計画を修正。その繰り返し。英数国以外、少ない時間の一夜漬け。英数国の勉強も計画の半分以下でした。

 2週間の勉強時間は、個々の教科は少しだけ。多分、計画にかかった時間より少なかったと思います。それでも、英語と数学は5を続けられました。国語は3か3+。全教科合計の成績では学年の多分2番。1番は長谷川三千子先生の指定席でした。高校は野球と大学の入学試験勉強が忙しく、定期試験の勉強時間は中学の時と同程度。やはり計画倒れになりました。

 私は定期試験の計画修正を繰り返したため、計画作りに慣れました。大学の試験は講義の時間割通りで行われ、試験期間は長く、レポートもあり、計画を守れました。卒論、修論はシステム開発、計画が大事でした。計画作りが当たり前になり、新規商品の開発やシステム開発に、それ以外の仕事にも役に立ちました。

 今日はここまでにします。

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2 コメント

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時間割はありましたが (tsuguo-kodera)
2017-10-08 04:12:07
 時間割通りに生徒は自分の机で自習でした。
 理科や社会は実験や制作を各自がツールを使ってやりますした。
 芸術系はそれぞれの専門教室で自作です。先生に見せて褒めてもらうだけでした。
 宿題はなし。家は自習だけでした。
 学校は遊びに行くような物でした。

 なお、中学では私は教科書を全部暗唱できるまで読んでいきました。最初に指名された誰か数名が今日の教科書を読まされました。
 私はあがり症で時々どもる心配がありました。せっかちで早くしゃべろうとするため、舌が追いつかなかったのでしょう。
 長谷川先生は凄かった。発音はネーティブなみ。お母さんが英語の初等科の先生だし、お父さんは駒場の教授でしたし、あのお婆ちゃんも元気だったのでしょうね。お父さんはお婿さんでした。私は負けず嫌いだから勉強しただけでしょう。(笑)仕事もかも。(笑)今はebisu先生のブログと競争。(笑)
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面白い学校ですね (ebisu)
2017-10-07 21:24:18
成城学園初等科は自習ですか、一日中自習だったのですか?
やりたい科目を好きなだけやれる。欠点も利点もありますから、自己責任。
算数が大好きになってやっているうちに学力が伸びる

英語も熱心だったようですね。高校時代に『第三の男』を東京外語大の院生の指導で読み通す前に、準備期間があったのですね。あとから効いてきた。
理系出身者で英語ができるから、仕事ではそちらのほうで使われることが多かった。新技術は米国で次から次へと生まれ、その情報に接するには英語の論文や最新刊の本を読むしかなかった。
両方やれる人はそうはいません。クロスオーバーする領域で活躍できると見込まれたのでしょうね。
勉強の話や関与した仕事の話は体験の裏付けがあるので、とても説得力にあふれています。
記事に書かれた話から、時代を超えた普遍的なものを若い人たちが読み取ってくれることを願っています。
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