無理やりひねり出す

2016-06-18 08:10:18 | Weblog

 おはようございます。

 すでに書いた、伸びる社員の2つの条件はebisu先生にも同意いただけたようです。実は私はこの2条件がダントツに大事な要件だと思っています。すなわち、ニコニコとノリが良ければ私はどんな駅弁だろうと成績だろうと、ペーパー試験で合格すれば採用を面接の取締役にお願いしていました。

 残りの2つの条件を考えると、すぐに数十の要件が考えられてしまいます。色々な先生はいろいろ素晴らしいブログを書いており、その中に問題点や個人の考え方から想起されたであろう改善案など書いているからです。寄せ集めるだけで十分な調査をできたと同じにできそうです。お金を掛けないのが貧乏企業に役立ったkoderaの調査法でしたので。

 でも私の創造性の手法は4条件に無理やり増やすことを勧めています。何故でしょう。上の説明からもお分かりいただけるでしょう。残りの2項の条件は先生方のニーズからまとめるか、好きなものを選ぶかで良いのです。決して現業の校長の好みに合わせようなどと思ってはいけません。それなら自分の好みだけで決めた方がましです。前向きに言えば首にも合否にも影響しません。呆れられるのもいいのです。

 例えば、バドバカと言われるほどバドミントンが心底好きなら、バト好きを第三の条件にしていいわけです。野球なら野球の上手い奴で良いわけです。数学なら数学。肩書自慢なら肩書でも良いし。さて私はどうするかです。実は良くわかりません。野球もバドも中途半端。数学も書籍も中途半端。コンピュータ、企画、調査、代筆、非常勤、論文、小論、研究、営業などなどすべてやったがすべて中途半端だからです。

 私は自分を中途半端な生浮かび男と思って生きてきました。でも、高校で10年、遊びのような非常勤をして気が付いたことがあります。今の高校生の特徴を一言で言えば、生浮かびだと思いました。情報過多、実践不足で高校生まで育てられたからしょうがないのかも。

 まとめです。2条件は多くの先生が指摘している、良い姿勢、コミュニケーション力、またはペーパ試験成績、でも良いのかも。合否の最終判定は面接時の取締役の印象です。合否に一番影響しているのはこの2項目だからです。でもこの2条件は抽象的でしょう。正しい指導を受けないと正しくはなりません。付け焼刃はいけません。

 私は以前いつも応募者を見てから、合格法を直接アドバイスしていました。インチキですが、ノリが良いと、素直は良く分かるし、頭の良さも分かりました。ここで残念な話。学校で面接の方法を校長と理事長に見せてあげたのですが、全く理解してもらえなかったようです。私が勧めた人を落第させ、勧めなかった人を合格させたから。でも私は責任がなくなりあり難く思えました。企業人の誇りがあったから、無理じいは決してしません。子供にも会員にもですが。

 今日はここまでにします。

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富士通の人事課長の話

2016-06-17 07:06:12 | Weblog

 おはようございます。

 私が断りに行って中村師匠にお会いしたとき、同席したのは富士通の人事課長さんでした。後に彼が社長秘書室長になっていたとき、私は退職願を提出しました。採用時の話をご存知でしたので、岩井さんと一緒に私を引き留めてくれました。しかしアホな私は言うことを聞かないで退職しました。なお、後にこの人は富士通の副社長になり、長い間取締役会をリードしていた切れモノでした。

 一方、退職時の人事課長は気楽な人、辞めたいならどうぞと言うスタイルでした。中村師匠と懇意な人でした。後に富士通アメリカ総支配人の仕事を岩井さんから引き継ぎ、さらに同じく帰国して富士通の副社長になりました。いろいろ逸話を知っていますがプライバシーもあり、書けません。ですから私との関係のかける話に絞ります。

 中村師匠から私は紹介され、白金台のお金持ちが行くと言う、フランス料理店でコース料理を中村師匠と一緒にご馳走になりました。彼は富士通とシャープの共同事業を推進し、半導体や液晶やパソコンの事業統合もシャープの副社長に提案したはずです。でも私たちとはほとんど私たちの本の話でした。彼は開成卒、東大は馬鹿ばかりだからと慶応経済に進んだそうです。開成にパソコンを寄付していたので、師匠と一緒に教育におけるパソコンシステムなど議論していました。

 すでに窓際族の女子大非常勤講師で生きようと思っていた私は協業の話を聞いて、天命だと思いました。二社の間に立って、分け隔てなく、公平に二社の副社長にアドバイスできると思ったからでした。統合には第三者のコンサルタントが役立ちます。普通は大枚のお金をとられてしまいますが、私を使えばただでできます。

 私はシャープの仲が良かった副社長と一緒に富士通を訪れました。富士通の社長からよろしくお願いしますと頼まれていたからです。彼はパソコンが大好きのパソコン通信を使いこなしていた有名人でした。ところがシャープは富士通の提案を断り、独自にパソコンと液晶と半導体の事業をすると社長が決断したようです。下っ端の私はしりませんでした。

 ここまでは前置きのようなもの、富士通の副社長から、いろいろなところで、富士通とシャープの関係が薄くなった後も、何度もご馳走になりました。彼が私にご馳走してくれたのは、多分、小説の作者になりたかったからでししょう。表現と論理に厳しかった彼は私の色々な本の校正のアドバイスしてくれました。ご馳走になった上にアドバイスもただで頂けました。結局、彼とはビジネスでは関係できませんでしたが、私の出版関係の仕事では大変お世話になりました。今のシャープの現状を見ると感慨深いものがあります。

 なお、彼は日本の伝統的な、超優良の、皆さんも多分良くご存知の大金持ちの会社、そんな中堅企業の多分次男のボンボン。後を継がなかったからそのように想像しています。でも富士通の給料などお小遣いだと、ご馳走になっている私と師匠にいつも豪語していました。そんな人にご馳走になるのは気が引けません。私とは違う考え方の人ですが、私がよく知っている人の中で、彼が現実の成功者であり、しかも私も嫌いでなかった人と言えます。私は大多数の人が嫌いになる変わり者なのにです。

 そのような彼は、大会社で出世するのは2タイプしかない。一つは田舎者の上昇志向の強い奴、もう一つは都会育ちのお金持ちのボンボンだ、とです。地方の公立高校と開成卒が良いのだといっていました。自分は出世タイプ条件2に合致していると言いたいからそう言っていた、それが可愛いと師匠は言っていました。富士通より親の会社の方を評価していたのかも。それも良しでしょう。それほど優良企業だから。

 なお彼の親元の財産は半端ではありませんでした。今はもっと増えているでしょう。周囲を歩くのは大変な大きなお屋敷の、しかもお父さんの会社の近く、お茶の水近くにありました。今は彼は田園の郊外に住んでいます。だから長男ではないと思っているのです。人の財産など私は興味がありませんから、聞きません。

 彼から出世するタイプの話を聞いた時、私は出世タイプから外れていると思いました。この条件は確率的にも私的にも正しいようですが、koderaの法則には採用しません。この程度の確率なら64くらいの要求条件定義をできるからです。絞り込むのは難しいですが、ベスト4だけあげるのが、koderaが予言者と言われもする理由でしょう。当たるも八卦当たらぬも八卦ではなく、私の関与した範囲で言えば、4条件でほとんど正解かもしれません。

 あと二つの条件はまたにします。また、映画予告の手法、今日はここまでにします。

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組織論は結果論

2016-06-16 03:47:15 | Weblog

 おはようございます。

 いろいろあった、今もある偉い人の組織論は成功者の後付け論かも。むしろ1945年ごろにできていた現実的な社会論から学べると私は思っています。何故でしょう。日本以上にドイツは壊滅状態。フランスもイギリスもイタリアも、経済は破綻。かろうじてアメリカだけがまともな庶民生活があったのでしょう。だから焼け野原で考えた、社会学者の論は素晴らしいと感じられるように私は思っています。

 組織論は上からも論じられます。組織の宿命でしょう。軍隊の組織から学べるでしょう。また国を治める仕組みからも、昔の藩政の仕組みからも学べます。もっと卑近に家父長制からも学べるのでは。いろいろある今の良い組織の話は何処かに落とせ込めるでしょう。

 私は組織論は嫌い。学校なんて組織で考えるとろくなものにはならないように感じます。むしろ今はあまり役立って居ない様な、社会学から学ぶべきだと思っています。でも神様でない限り、社会の変革は読めません。社会も結果論になるからでしょう。

 結局私が好きなのは個の教育であり、個の力なのでしょう。安定な社会状態を各国の国民が好きですから、安定が良いとなり、ましな政治も組織も教育も胡散霧消したと私なりに納得しているのです。

 さて私が好きな寺子屋に世の教育の主体が戻るとどうなるかです。結局教育は個人だと考えていますので、教える先生と教えられる個次第になります。そう考えると、集団を無視して考えて、相対だけで考えた方が良い未来が子供にあるのかも。個人塾が流行るようにです。塾の先生次第と言うことになります。でも今は塾の先生以上に学校の先生が保護者の思考の対象になります。私も期待してはいけないが、今は論じざるを得ません。

 最近の記事で、ニコニコが先生の第一条件であるがkoderaの法則1だと言いました。次の第二条件はノリが良いです。ノリが良い学生や新人が伸びたからです。成績も実技もです。一方、そのように言う私はダメな男でした。ノリが良くなったのは窓際族になった前後からです。若い時はあまり良くなく、だから失敗ばかりしていたと思っています。遅すぎました。

 若い人に後悔をさせたくありません。ぜひノリよく生きて欲しいのです。南無阿弥陀仏。

 今日はここまでにします。

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学校人材育成の陥穽

2016-06-15 07:35:58 | Weblog

 おはようございます。

 昨日はgooがメンテナンスでした。私は早寝早起き、一日ブログのネットが使えないような状態でした。やっと復旧し、また投稿できます。

 私が係長になった前後、シャープや関西人が良く分からず右左に右往左往。企画案は没。困っていました。当時の課長は米国駐在の経験が長く、海外営業の人脈もあり、いろいろ相談に乗ってもらいました。浅田さんの信頼も厚かったように思えますが、とても勉強家で、読書家でした。奈良の遺跡発見が趣味の人、今は京阪奈で悠々自適、晴耕雨読をしているのでしょう。

 彼はブレーンストーミングが好きでした。当時の米国や業界のベストセラーに関して毎月茶話会を開催していました。私はシャープが分からず、勉強になりました。毎回参加しました。強制ではないので、課の好きものが集まって好きなことを発言する会でした。シャープがコーヒー代やお菓子を提供してくれていました。人材育成の点でとても良い仕組みに思えました。この点も富士通とは大違いでした。学校ともです。学校人はお酒が好きのようですから。

 私と同い歳の、同じような役職の、面白い人が課にいました。彼は大阪大学の経営学修士過程修了者でした。彼が茶話会の担当者だったのでしょう。彼も毎回出席し、いろいろな流行の本や考え方を説明してくれました。ランチェスターの法則、ピーターの法則、パーキンソンの法則などなど、また当時流行ったサードウェーブの本などなど、コンピュータ市場やアメリカの先端ビジネス書を解説してくれました。会社の仕事で、本を読む必要はなくなりました。高校や大学の非常勤に役立つ勉強はここでできました。

 当時のベストセラーの教えは今も和書になって、ビジネス書棚、大型店には並んでいます。面白可笑しく分かりやすく説明されている物が普通でしょう。読んでいない人は少し読むと良いかもしれません。でも少しだけで良いでしょう。ここまでは前置きです。

 私は定年後高校の非常勤などをして、昔のビジネス書の解説通りの組織や人だと驚きました。私がまだ中学生や大学生の時のビジネス書に書かれていた、ダメな組織になる、解説通りで運営されていたからです。

 私の新任の課長になった時、お世話になった事業部長は前任者と理論家の同僚以上に私を買っていたのか説明を受けて、私は先端ビジネス書や過去の経験常識以上に課題解決へのプロセス提案が重要なのだと理解できました。要するに学校は人材を育成できない組織でしょう。

 最近、いろいろな先生方のブログ記事を読んでいると、ほとんど同じ、他は押して知るべしと感じます。教育が学校のメイン課題なのに、そもそも人材育成、すなわち平の教員を育成する点で真逆のことをしている、終戦直後から変わっていないのだと思いました。いいえ、明治維新以来、学校人の基本的な考え方は間違ったまま、組織を肥大化してきたように思えはじめました。

 課題解決策はまたにして、今日はここまでにします。もったいないからです。すみません。

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学校や会社との比較

2016-06-13 06:32:17 | Weblog

 おはようございます。

 会社では二十人以上の猛者を管理したこともあります。新規商品の企画は一匹狼の集団でした。当時はそれが辛かったのです。多様な個をそれぞれの形で、人を管理しなければいけないからです。それに比べて学校は迷える子羊と、嘘つきの笛吹少年か狼少年のように、集団自殺へまっしぐらの一連隊の組織に私はみえてしまいます。

 会社時代、本部長の印を預かり決裁し、本部長の出張申請に承認印を押すこともありました。本部長は私の部の予算で活動していたからです。すぐに上司の言うように動けと言っても、めくら判ではいつ決裁責任を問われるか分かりません。何せ大学者だろうと大会社の社長だろうとはたまた大都市のトップだろうと公私混同で出張し美術館めぐりをしないとも限りません。ラスベガスは展示会の常設場があり、危ないのです。

 すぐに言う通りに動く、と責任の在処を明確にするのは両極端です。間にすべての中間管理職者の業務があります。言った人が上司とは限りません。部下や隣の部の人かもしれません。特に他の部長から来た検討依頼はすぐに答えなければいけません。できるできないは正直に、すぐ答えます。ですから4条件箇条書きの能力が有効なのですが、説明するのは飽きました。ここでは割愛します。

 学校の先生は変だと思いました。他の教員からの依頼があったとき、言うことは分かりました、今は忙しいので後で話をしましょう、と答える人が多かったからです。言うことが分かるが答えられないと言うことでしょう。そのおいていた時間の間に問題は複雑化するのが難しい問題の特質だからです。本当に不思議でした。誰もこの私の問題意識を理解しなかったようでした。

 このような考え方で市民クラブを運営したらどうなるでしょう。思考実験したくなりました。まず会の主宰者である私の気持ち、親と子供さんの気持ち、施設管理者の願望や施設運営条件、普通の会員の希望、などの少なくとも4分野の要求条件を分析し、会の運営機能要件に仕立て上げたいのがシステム屋の願望です。とても難しい話になるとお分かりいただけるでしょう。コートに入る課題を先に伸ばすと、コートの上は子供の駆けっこの場になり収集は大変です。転んだり、泣いたりして大変になるでしょう。会員も勝手に基礎練習を始めてしまいます。

 私は市民クラブの運営は学校の運営、すなわち理事長のすべき運営上の仕事に匹敵する難しい業務だと考えています。当然一介の担任や専門部長や校長の仕事などヘノカッパ。学校で難しいのは生活指導と進路指導だけのように思えます。

 私は以前付き合っていた理事長さんに進路指導と生活指導は私はできないが、できる子を東大に入れるような特進科の科長ならできると答えていました。本音ではお金を頂いてもしたくなかったので、企業の部長の時に頂いていた年俸ならやりますと言いました。嘘は嫌ですので、断るのは上限のお金で言うのが私流でした。

 今日はここまでにします。しばらくこの分野の記事を書くことになりそうに思えますが、実際はどうなるか分かりません。私は移り気、創造性命の男だからです。

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クラブ運営は難しい

2016-06-12 13:42:20 | Weblog

  こんにちは。

 今、主宰のバド市民クラブから帰り、昼ご飯をすませ、お風呂から上がりました。今日のクラブは園児や学童に対する、シチズンシップ教育の場と化していました。何のために苦労しているのか、運動のためと考えていたらできません。やはり世のため人のためと思わざるを得ません。

 今日の参加者に、2歳の男子と3歳の女子、そして学童保育の5歳の男の子、それから小学校1年生。学童保育の子は父親に連れられて二人できます。2歳と3歳の子は夫婦に連れられた一家5人で来ています。バドする大人の参加者はこの夫婦を含め11名、それと子供と遊ぶ係の我々夫婦、そして病み上がりの72歳のベテラン。彼は見学でした。大人は合計で14人でした。

 その他に中学2年生のテニス部の生徒さんと5年生の男子。ですから子供は合計で6人です。総員で、20人の大所帯でした。体育館はバド3面です。入り切りません。コート面へのメンバーの割り当てと対戦組み合わせは大変でした。要するに即時処理の時間割処理のようなもの、簡単ではありません。強さ、相性などを考えて組み合わせるからです。子供の要求を満たしつつです。

 各コートの試合終了のタイミングは違います。子供たちは面に入りたいという顔をして待って居ます。大人も2回続けてコートに入れないと不満かもしれません。30年こんな状況なのです。シャトルの用意などなどの下働き、学校の顧問なら強権発動も可能でしょう。部員に強制できるかも。でも市民クラブは上手く運営しないと良いクラブになりません。退部者や我侭が増えてしまいます。

 面に入る順番を事前に考えても、いろいろな状況が起こります。その都度組み合わせが変わり、子供の相手もしなければいけません。計算より感性が必要かもしれません。人の顔を見て疲れや精神状態を推測して割り当てを行います。直感が大事です。まるで会社の管理職のようにです。こんな運営ができているクラブは少数かもしれません。

 日本政策投資銀行の、当時企画部長だった鍋山徹氏は講演会に来てくれて、先生方に講演会をしてくれたことがありました。四の五の言わず、まず言われたことをやってみろ、それから議論しよう、と彼は講演会で強調していました。私は企業人だったからこの言葉の意味が良く分かります。そしてバドの運営ができているのでしょう。

 学校では上司から言われて、やらなくても、その先生は首になりませんし、担任も外されないでしょう。まず何事も慎重に疑って考える人を育てたくなるのでしょう。そんな先生も多いのかも。だから、職員会議は株主総会化していると、昔ある銀行の役員だった先輩は言いました。彼は野球部の1年上、背番号10のキャッチャーだった人、最近まで東大の副理事と野球部OB会長をしていた人です。学校の顧問になっていただいたのですが、廊下トンビが多い、株主のような奴が多いので逃げ出されてしまいました。

 言われてすぐしない、これだけで会社ではもう終わりです。あいつは使えない奴だ、と思われて、仕事を取り上げられて、大企業なら人を要求している営業所に飛ばされてしまいます。成長企業なら人はどこの営業所も人手が足りません。今なら中国の奥地もあるでしょう。マルエツや吉野家のようなサービス業は多くの社員は非正規です。別の理由を言われ、すぐ首かもしれません。誰でも失敗をするのが普通であり、見込みある奴は指導しますが、ダメと思われたら期間満了までそのままにされてしまうでしょう。学校の先生は、シチズンシップ教育ができるクラブ運営をできないでしょう。

 井の中の蛙は楽しく生きるのが大変なのです。だからそんな予備軍である生徒さんは哀れになります。南無阿弥陀仏。

 今日はここまでにします。

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ネムオロ塾の先生のコメント

2016-06-11 03:49:57 | Weblog

  おはようございます。

 今日は6月7日のebisu先生の記事に関して、お互いに向けて書いた経験談を要約します。この要約が正解かどうか、あまり自信がありません。国語も小説も勉強不足でしたので、皆さんが興味をお持ちになったら、ぜひ元の記事とコメントを読んでください。

 まず元の本文の要約です。根室の教育は危機的な状況にあり、中学生が挨拶も満足にできない、部活漬けで自習しないなどの他の引用記事とお互いのコメントがありました。学生が挨拶できるように、改善策も提案されました。正しい議論だと思ったのですが、その状況になったことがそもそも負けなのだと私は思いました。私は対処より、原因を潰すのが好きなビジネスマンだったし、そうしか考えられないからです。

 そこで私は、日本語を話せる中学1年生なら、成績が真ん中あたりなら、私大の超難関校にも合格するレベルまで中高で伸びる、小学校か保育園や幼稚園の時に家のクラブに時々、大人と混ざり活動するのが条件だと言いました。たった週一2時間の活動で。現実には20分以下の子供へのサービスでです。これに対し塾の素晴らしい先生から、彼は下流社会の人を育てていると自負しているのでしょう。上流社会の話は気持ちが悪いと反論がありました。そこで私は昔の貧乏生活の事例をたくさん書きました。でも、戦後話の理解は戦後の焼け野原の悲惨な東京の実体験をご存知ないと難しいようでした。 

 ですから、他のクラブの例をあげ、私は今の現実の活動を説明しました。私に坐骨神経痛がなければ数倍できるはずですが、今は週に1回、何れかの他のクラブに参加するような、最低線しかできませんが、私は若いお母さん、非正規社員の多そうなクラブに参加させて頂いています。そこでは、親と数回一緒に来ると抜群の成長が見られると言いました。なお私は自由参加の半分部外者のような立場です。私の効果などゼロと思っていますので、バドをしたい気持ちだけで子供は成績も伸びると言いました。私の説明が下手なのでしょう。
 

 戦後の話は単に昔ものの役立たない昔話と理解されたのかもしれません。そこで、私は、グローバリズムの陥穽でこの国は破たんすると切り捨てました。日本全体、根室の子供もグローバリズムの厳しい現実にさらされているのです。昭和20年代の再現になるだろうと。私は短気、ダメな宮本武蔵が売り物の後期高齢者だからです。先生はシチズンシップ教育、日本ではなく本場のイギリスの情報を得て欲しいと思いました。言葉が悪いのは戦後すぐの生まれ、まともな初等教育を受けていません。悪しからず。
 

 ebisu先生はシチズンシップ教育をご存知だったようでした。私の論に賛同いただけたようです。そして挨拶ができて、たくさん遊んで、部活もやって、そして自ら進んで勉強する子供たちが今の根室にもいると言いました。ただしそのような子は根室では中学校のトップクラスになっていると言いました。中高と野球部に所属し東北大へ入った生徒はそういう生徒と想像しているようです。

 要するに私たち二人の結論は、中学校になってからでは手遅。小学校6年間のうちに、たくさん遊んで、自ら進んで清掃し、ちゃんと挨拶できて、家庭学習習慣がついていれば、中学1年からebisu先生に教えてもらえれば早慶クラスの大学には合格できると言うことでしょう。優れた塾の先生なら容易なことなのかもしれないし、学校だけでも可能なことかもしれません。

 私はバドの市民クラブを主宰し、その効果を認識し、他の市民クラブに参加し、気が付いただけなのです。市民バドクラブは、園児や学童に対する、シチズンシップ教育の基盤になると、です。また昔の教育法をネットで勉強し始めました。でも私には役立つことはありません。いつもの繰り返しですので。残念です。南無阿弥陀仏。

 今日はここまでにします。

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私の進むべき道

2016-06-10 07:47:52 | Weblog

 おはようございます。

 先週の土曜日を最後に筆が進まなくなっていました。何とか月曜日は以前の記事のまとめを投稿したのですが、次は行けませんでした。中村師匠を越えようと、柄にもなく野心を持ったまでは良かったのですが、進みませんでした。日々の趣味の出来事から子供の教育と言うものを考えてはいました。バドミントンのブログの範疇だと思いそちらだけに記事を投稿しました。

 私は今まで、定年退職後に経験したことから得られた知見を会社の経験から論じてきたと思っています。その経験は主に女子大の非常勤講師と、会社時代の失敗談や窓際経験を基盤として、10年間の高校の非常勤生活で感じたこと、それは会社時代の経験に基づく目を通じて論じてきたと思います。

 オブジェクトは主に、女子大生、スポーツコースの高校生、小学生であり、また学生時代や会社時代に知り合った素晴らしい先生や上司、例えば中村師匠のような出来上がった大人の4分野にまとめられるように感じてきました。もちろん、その4分野の人に隣接する領域の人もいろいろ見てきました。パンツが見える女子高生など。(笑)

 中村師匠を越えたい、だができないと反省し、対象の年齢層がどんどん若くなってきたようです。今日、バドミントンブログで子供の成長に関して記事を書いたら、創造性がファイヤーしました。

 幼稚園児を書いても、生涯保育園に努め、園長や地区の責任者をした友人の奥さまの知見には及ばないとです。そう思ったら、私がいくら正論だと思っても高校の先生や校長や教頭が私の論を認めないかが分かった気がしました。彼らは自分の方がお前よりたくさん経験し苦労したのだ、定年退職した非常勤の分際で教育論を書くのがチャンチャラ可笑しいと思ったのでは。それももっともです。

 中村さんや浅田さんを越える会社の話はできません。行き場がなくなったかもと思っていました。しかし、今日気が付いたのです。私は新人をたくさん見ました。同期や部下や周囲の人、その新人の結果は生涯中間管理職者であったことを誇りにしている私が一番見たのかもしれません。採用担当者以上に出世や左遷の真の理由を知ってしまっていたように思えだしました。

 そしてどんな人が出世するか、会社で良い仕事をできるか私は論じられるように感じてきました。小論を読めば会社における出世度合いは分かると言ってきたのですが、実は顔を見て1分面接しただけでその人の会社における将来が見えるように思えています。

 昔大学の先輩が、未来が見えるkodera君、上司が、占い予言者koderaと言っていたことを思い出しました。しばらく当たるも八卦ですが、出世するだろうタイプを論じたいと思い始めました。私しかできない、中村さんでも無理かも、出来上がった先輩や、ダメな生徒の指導法を書くのは関係者なら誰でもできるのかも。会社経験者か先生経験者ならです。でも出世の予言、新人の正しい未来の予言はできないでしょう。

 就職ガイドブックは押しなべて嘘が多いし、売れている本ほど役立たないと思っています。私のガイドブック以外読むのは無駄ですが、今までは遠慮して読むのも良いと言ってきました。サラリーマンは嘘も方便と思っているのです。実はそんなものを読んで就職試験や大学生活を送る、高校生が勉強するなんてダメなのです。もう棺桶が待って居ますので反論など怖くありません。今日はここまで、問題提起までです。

 

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師匠からのメッセージ?

2016-06-06 06:39:51 | Weblog

 おはようございます。

 早速ですが、昔アメリカの大学病院の先生に対して、医学を志す若者への要求条件を全米でアンケート調査した結果を中村師匠から教えてもらいました。調査結果は、医者として必要な能力は、人に対して持っている温かさが1位。2位は直観力、3番目は推理力、4番目が専門知識だったそうです。システム開発の専門家にも求められる能力である、すべての専門家にも求められていると師匠は言っていました。何度もこのブログに書いたことです。非常勤の講師時代は教室で、でしたが。

 聞いた当時、その通りだが、私は自分を鑑みて、全くできていなかった要求条件だったと恥じ入りました。でも、その時からすでに30年経ち、真言の戒名も頂き、日々反省し、この言葉がますます重く感じられてきていました。そして、私と言えば残念ながら、4番目の専門能力は古臭いものになってきました。しかし、1から3の要求条件は少しは使い物になってきたように自分を慰められています。私にとって4番を失うことで1番が身に着けられてきたのかもしれません。何故なら2番と3番の要求条件は若い時から、今でも人に比べて自信があるし、2番と3番の合成が創造性だと昔から、このブログでも書いてきたからです。この論には汎用性があるのかもしれないと言うのが今日の論旨の中心です。

 まず専門家に必要な能力を短く箇条書きします。
①人に対して持っている温かさ
②直観力
③推理力
④専門知識

 私はこのブログの他に、バドミントンの趣味のブログも書いています。そこでは、良い指導者に求められる条件として下の4条件を書きました。
①説得力
②私生活
③専門性
④管理性

 良い指導者になるために、自分の特徴を肯定の論理と否定の論理の両面から考えることは自己の成長に役立つと説明してきました。それは自己研鑽が大事であり、自己研鑽には自己の特徴をまず認識することが必要と、4条件にまとめました。
①説得力
②論理力
③実践力
④忍耐力

(注)①、③項目名を修正(6/6PM19:00)

 逆に自分の特徴を否定からも考えて、否定論理から特徴を認識すべきだとして、4条件をまとめました。他を思っていると思う、自分の言葉や考え方が他人にとって我田引水とならないために必要でしょう。自分を褒めることは大事ですが、自分の長所を考えて、褒めてだけいては、何時か逆転し、欠点に至ってしまいかねません。進歩のために反省が大事、我日にわが身を三省す、三省も大事です。
①お山の天下
②理論倒れ
③固定概念
④優柔不断

 以上はバドミントンのブログに何度も、さらに今日も書いたところです。皆さん、何で私が同じ論旨をこちらの創造性のブログにも書きたくなったのか、考えてください。面倒臭いことが嫌いな私なのに。宣伝するなら一方だけの方が上手くできそうなのにです。ポジティブフィードバックの点からも、集中のメリットからも簡単に言えることなのに、です。

 あちらを終えて、こちらのサイトを開けた時、師匠が教えてくれた、言葉を思い出しました。その時、専門家としての要求条件にも同じような反省が必要かもしれないと思ったからです。師匠亡き今、私は師匠を越えてなお歩む決心が付いたのかもしれません。師匠の後押しかもしれません。お供えとともに新刊本を送付した、そのご褒美を仏様から頂いたのかもしれません。

 涙が出てきました。ここでやめて愛犬の散歩に出かけます。今日はここまで、南無阿弥陀仏だけを追記して。

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ごっこ遊びの1か月

2016-06-04 03:44:53 | Weblog

 おはようございます。

 学校の仕事や教育は悪く言えばごっこ。一方、私はビジネスの修羅場をくぐり抜けてた企業人のなれの果て。吉岡一門の子供を切って捨てるような、非情な世界を見てるだけはしたのです。

 本音で言うのは損、建前論だけで済まさないと損と2社に勤め、学びました。でも漱石の坊ちゃんが好きな私はそのようには生きられません。非情にもなれず、このまま本音で棺桶に行きたいと、今は諦めています。本音と温情の両立は結構難しいのです。できなくなってきたようです。昨晩の夢、シャープ時代の夢でしたが、その難しさをまた教えられました。

 この1か月、富士通時代の仕事や窓際族時代を振り返り、詰まらない記事を書いてきたように昨晩から感じ始めていました。昨日も千文字以上の記事を書き、あまりに本音の少ないことにも気が付きました。ebisu先生のコメントへのコメントバックを書いていて、何で昔のような燃える思いがしてこないのか分かったような気がしたのです。ありがとうございます。

 私が言いたかったのは本体部分ではなかったようです。どうやら外側の包装にあったようです。ほとんど題名で済んでいたのかも。包装部分を以下にコピーします。一方、昨日の本体部分の文章から私のニーズが読めますか。鈴木さんに良い仕事があることを祈っている、だけが読めるのではありませんか。少なくとも私にはそのように読めるのです。他の部分は単なる知識経験の自慢でしょう。ビジネスではあまりしてはいけないことなのです。

「先生稼業の人はトンカチ頭、頭の固い人が多いようです。特に学校の先生は井の中の蛙大海を知らず。その井の中で勝者になった校長はお化けガマガエル、自来也の乗り物かも。そうですね。長をカエルしかないのかも。校正は最低線、簡単に済ませました。ブログですから、真剣度が違うようです。すみません。」

 この文の分析は真剣にならないとできません。吉岡清十郎の幼子を切ってすてる、そんな勇気は私には若い時からありません。たとえ今真剣になっても、このようなボケた頭では人様に見せられる代物にはならないでしょう。カギ括弧の文章には、問題点、要求分析、課題解決策、プロセスのシステム開発の大事な4項目が潜んでいるのが分かりますか。

 ビジネスのレポートではこの鍵括弧の部分を洗練させます。主観的な表現をすべて客観的に置き換えて、目的語を先頭に置き、4行の箇条書きを書くのが私が勧める手法です。その習得がまず最初の創造性開発の関門と考えています。

 それから、それができるようになったら、4項目の文章を平面図形に置き換えて表現し、さらに思考し続けています。すると、多分、創造性の花園が待っているでしょう。今回も私は思考実験で何となくそれが見えてきているように感じてはいるのです。夢で見たように感じています。でも人様にお見せできるように、上手く、分かりやすく表現はできません。ですから理解ではなくしたいと言う願望の範囲なのでしょう。隠しているわけではありません。すみません。

 今日はここまでにして、これでしばらく過去の話は終えたいと思っています。過去ではなく今と未来が創造性の機能する範囲だから。何を書いて行くのか今は決まっていません。例えば、鈴木さんのビジネスが上手く行けば私の願望通りに、未来の話だけにできるはずです。この点からも、私は彼の成功を祈っています。南無阿弥陀仏と。

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トンカチ頭はカエル

2016-06-03 03:47:21 | Weblog

 おはようございます。先生稼業の人はトンカチ頭、頭の固い人が多いようです。特に学校の先生は井の中の蛙大海を知らず。その井の中で勝者になった校長はお化けガマガエル、自来也の乗り物かも。そうですね。長をカエルしかないのかも。さて昨日の続き。1000字への圧縮の挑戦をしましょう。4項目の素案を並べます。論旨は良さそうです。行数も良さそう、でも素人には分かりにくいかも。これでは上司はリジェクトか、はたまた落第か最低線の合格レベルかも。(笑)

「中村洋四郎、元富士通のシステム開発担当取締役は挑戦と努力と結果が好きでした。監修中村、著者小寺、編集鈴木の新刊本の発刊が間に合わず、お亡くなりになったのは残念でした。

 私は修士2年の夏、同級生3人と該社の川崎工場を見学しました。4人全員が開発思想に惚れ込み、就職を希望、該社と共同研究を始めました。でも、私だけは日立、東芝の共同研究に変更し、留学も可との東芝に志望変更しました。中村さんに出会ったのは断りに行った日、修了年の3月末、当時、中村さんは新任の課長でした。プレゼンが抜群でした。企業資源計画、ERPシステムの開発計画案、私は感銘しました。中村さんの課への配属を条件に、願書をその場で書きました。そして無事入社。新人研修も5月に終わり、約束通り、システム開発課に配属されました。驚いたことに、中村さんは所属員150人以上の課長でした。同期は30人以上、中村さんは雲の上の人でした。なお、彼の部下の時より、私は退社後もお付き合いをさせて頂きました。プレゼンは全て即興の創作と言われて、二人で大笑いしたことがありました。 

 私は奈良から柏に転勤し、念願の女子大非常勤講師をしました。教科書を書き、富士通の同級生に売り込みの電話をしました。中村さんが体調を壊し、現役から退いたと言われました。富士通高専の校長になり、暇ができ、面談しに来いと言われました。面談し、大学の新学科長と中村さんの奥様は同期同窓だったことをお伺いしました。当時富士通はメインフレームと専用線ネットワークにビジネスの基盤があり、行き詰っていたようです。中村さんは私に、情報通信技術市場の動向の本を書くように薦めてくれました。こうして師匠が監修、私が作者となり、自信作になりました。パソコン事情雑学事典の命名は売るためでした。本当は高度な狙いを持った本。この本は著者小寺の本としては珍しく売れました。中村さんが教科書にしてSEインターネット教育を開始したからでしょう。色々な物語が私と師匠の間にあるのです。

 UNIXは凡そ15年、その他25年近く、たくさんの失敗をしてきた私が、失敗にめげず、挑戦し続けている鈴木氏の、仕事をさせて頂いているのは宿命かもしれません。」

 今日はここまでにします。校正は最低線、簡単に済ませました。ブログですから、真剣度が違うようです。すみません。

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4項目以外切り捨て

2016-06-02 03:47:17 | Weblog

 おはようございます。

 要求条件は色々な立場からの願望をまとめて体系化しますが、ブログの記事ではお見せするのは大変です。1年から3年かけて、しかも組織として複数の人が担当します。今回の10項目ほどの思いついた箇条書きは直感で絞り込みます。

 試験用の小論では短時間に切り捨てるのが良いからです。試験時間内に分かりやすい文章を書くのが大事だからです。そう言えば、同じようなことを言う若手弁護士がいました。彼は友人に論述試験の合格の秘訣をボランティアで指導していたのです。

 10項目もあるといろいろストーリーができそうですが、それに応じて選択する項目は変わってきます。私は師匠との運命的な出会いを隠れた論旨にしたいようです。ですから下の4項目にしてみます。主題に沿って書きやすく絞り込むのが大事であり、合否で言えば何でも良いのです。

 ・栄養大学データベース論の教科書を高専校長になった中村師匠に一番に届けた

 ・大学の新学科長は中村師匠の奥さまの東大時代の同級生、私の先輩だった

 ・師匠は富士通高専の教科に本の内容の講義と、パソコン組み立てを導入した

 ・パソコン事情雑学事典を使い師匠は富士通SEインターネット教育を開始した

 私は奈良から柏に転勤し女子大の非常勤講師をしました。そのために教科書を書き、富士通の同級生に売り込みがてら、電話をしました。そのとき中村師匠が体調を壊し、現役から退いたことを知りました。定年まで富士通高専の校長でしたので時間もあり、面談を希望されました。師匠に会い、この教科書には奇跡の出会いがあったことを知りました。私の大学の新学科長は師匠の奥様の同期同窓生でした。師匠はこの本の内容に沿い、高専を運営されたようです。当時富士通はメインフレームと専用線ネットワークにビジネスの基盤があり、行き詰っていたようです。私にコンピュータ市場の今と動向を本にして欲しいと言われました。事実、インターネットに対する取り組みは遅れていました。師匠が監修し、私が作者で書くことになり、使いやすい教科書を目指し自信作ができました。編集者は売るためにパソコン事情雑学事典としました。高度な狙いの本が好き者向けの本になったよう、悲しい気がしました。このパソコン事情雑学事典は私の本の中のベストセラーです。富士通はこれを使い、SEインターネット教育を開始しました。あっという間にこの研修事業は利益率の高い事業になりました。色々な物語が私と師匠の間にありました。

 ざっと書くとこんなところになります。ここから400字の普通の文章はきつい作業です。さらに全体をつなげて1000字以下に仕上げるわけです。今日はここまでにします。

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中村洋四郎師匠の監修

2016-06-01 14:13:27 | Weblog

 こんにちは。

 今、バドから帰りお酒を美味しく飲めました。転寝し、お風呂に入り、休憩をかねてブログの記事を書き始めました。疲れると新しい記事を書いています。疲れが取れるように感じているからです。多分、好き勝手に他人を褒めたり腐したりできているから癒されるのでしょう。腐される人へ、ごめんなさい。(笑)

 さて本論です。3段落目の「本を中村洋四郎師匠と一緒に出版した」になりました。この話でもたくさんのことがありました。順にまず箇条書きします。

・栄養大学データベース論の教科書を高専校長になった中村師匠に一番に届けた

・大学の新学科長は中村師匠の奥さまの東大時代の同級生、私の先輩だった

・師匠は富士通高専の教科に本の内容の講義と、パソコン組み立てを導入した

・師匠はこの教科書が好きになり、新しい私の教科書の監修者をしたいと言った

・データベース論と市場情報論のためにまず2冊の本を書き、監修いただいた

・パソコン事情雑学事典を使い師匠は富士通SEインターネット教育を開始した

・師匠が新規事業企画の成功学を提案され、共同執筆原稿を大手出版社に提案した

・悲観的を理由に却下され、原稿を新規商品企画と新規事業の要件に分けた

・師匠が昔から付き合いのあった財団法人の出版部門からこの2冊を発刊した

・新規商品企画の成功学は栄養大学の教科書に使い、講義教科書の実績があった

・今すぐ新規事業を始めなさいは創造性開発と発揮の結論だったが売れなかった

・転職の多いSEのために、転職本の執筆を師匠に勧められ、出版した

 ざっと箇条書きしたらこんなものになりました。これら一つ一つに思い出があり、書きだすとどんどん増えてしまいそうです。400字程度に短くまとめるのは大変です。簡単にできそうもありません。今日はここまでにします。

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2段落目の下書き

2016-05-31 03:56:48 | Weblog

 おはようございます。

 サンプルの小論の先頭に置く1段落目と最後に置く4段落目ができた段階です。間の2つの段落は時系列で思いつくまま、指定された文字数の8割程度を書けば済みます。文字数に厳しい、少ない制限がある小論は難しいのです。作文手法では文才が必要です。でも、私の手法なら簡単です。例えば400字以下の制限があれば、2つの段落を100字ずつで書けば良いし、1500字の制限なら、それぞれ600字で書きましょう。書きなぐれば済むでしょう。

 会社員は上から下まで多忙です。学校人とは違います。採用用なら500字以下の書類が普通、長い志望動機などありません。三流大学の入学志望用は知りませんが。なお、会社のレポートならもっと文字数が少なくないと読んでももらえません。そのまま捨てられてしまうでしょう。

 以下にできた部分と、間に置きたい下書きを記載します。なお、各部分の完成後に4項目の箇条書きは削除し、一つの正式な件名に置き換え、一つのまとまった文章に仕上げます。文字数はそこで調整すれば良いのです。

・首になった努力の人、専門指導員

「中村洋四郎、元富士通のシステム開発担当取締役は挑戦と努力と結果の人でした。そのような人が鈴木氏をほっておくことはなかったはずです。監修して頂いた我々の新刊本が間に合わず、お亡くなりになったのは残念でした。」

 ・UNIX40年研究の大学准教授に新刊を紹介

「UNIXは凡そ15年、その他25年近く、研究から営業まで担当した私が、挑戦し続けている鈴木氏の、教育関係の仕事をさせて頂いているのは宿命でしょう。彼のために、また世のため、人のために、最後のひと花を咲かせたいと思っています。」

①アプリの天才、故中村洋四郎氏を尊敬

 2段落目のこの主題は中村さんの業績を書きます。今回は400字以下、全体で1000字にします。800字から千字が一番簡単な小論です。何でも良いのです。どうせ真面目に試験官は読みません。思いつくままに書きなぐりましょう。中村さんは凄い人ですから業績だけでも書き始めたら大変、逸話を書けば簡単です。

「富士通を就職する第一候補にしていた修士課程2年生の初夏のころ、4人の同級生と一緒に富士通川崎工場見学をしに行きました。各部門の先輩の方々や複数の部門の管理者と面談できました。4人全員が就職を希望して内々定を頂いていました。他の人は修論も富士通と共同研究していました。一方私は修論で日立と東芝にお世話になり、東芝を第一志望に変えました。中村さんに初めてであったのは断りに行った日、確か3月28日でした。人事採用担当者に紹介されました。中村課長は新しいアプリケーション開発を全て担当していました。起こり得る商談のアプリケーションソフトの開発をする部隊の責任者でした。素晴らしいプレゼンをしてくれました。企業全体の情報管理システム、ERPのようなものでした。話の論旨、面白さ、漠然と考えていた情報システムによる組織マネージメント論のように聞けました。私は中村さんの部下となり、会社の情報管理システムを担当したいと思い、東芝を辞めて富士通に入社しました。なお、私は富士通退社後も中村さんとお付き合いをさせて頂きました。中村さんはプレゼンは全て即興の創作だったと笑って言っていました。」

 ここで時間も文字数も予定をオーバーしました。上記の段落の校正と、下の3段落目の作成と校正は明日にさせてください。主夫は犬の散歩が忙しいから。陽が昇ると暑くて愛犬が可哀想。

②本を中村洋四郎師匠と一緒に出版した

 今日はここまでにします。

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まとめの節

2016-05-30 06:55:56 | Weblog

おはようございます。

 2つの箇条書きの統合に挑戦することになりました。話は引き延ばせないし、やっと頭もボケなくなりました。ボケたようなまとめになったら、そもそも私がボケていると言うことです。(笑)

 主題とは無関係の、何時ものような前おきで失礼します。私はボケたせいかあるテーマを書くと、どんどん記憶が広がってしまいます。または、逆にボケた学校人のように、金メダル路線となり、スポーツ根性路線のように、目標必達、頑張りましょうと深海挑戦路線になりかねません。深海挑戦の井戸の中の蛙路線は見えやすい評価であり、子供でも分かる基準だから教師はしたくなるのでしょう。

 学校人路線では、私の言いたいことは真逆になってしまいます。人生は長いのです。評価は10年経たないと分からない。少なくとも金メダルを目指した人の100人の満足感はまず確率ゼロ、オリンピックなど出場できただけでも1万人の一人以下。ですからこのような路線の多い、私が参考にしたい学校人はいませんでした。だから、中庸と言う老子の教え、四書五経の教えに戻ってしまうのです。でも、分かってもらえそうなのは、陽明学と親鸞や法然や空海の簡単な教えだけのように思えてしまいます。今のメディアは障害者にさえも、無理な挑戦をさせたがっているように見えるのです。適材適所、個性尊重が大事なのに。

 まとめをする前にもう一つ前置きを書きたくなりました。ネムオロ塾の先生の難しいコメントが多分昨晩あったことをです。そのコメントに対するコメントバックを、起床したての、まだ眠たかった3時半ごろに書きました。誤字脱字など間違いだらけですが、読んで頂けたら、前回の主題、UNIXの研究者、素晴らしい先生との関係はお分かりただけると思います。いい加減な男だと思ってご容赦ください。今は、以下の2項目の箇条書きの統合化を進め、小論例題の続き、まとめにします。

 ・首になった努力の人、専門指導員

 ・UNIX40年研究の大学准教授に新刊を紹介

 UNIX関連の仕事はおよそ15年程度、富士通からシャープへ転社した、脂の乗っていた時代、主任から係長、課長、部長と役職は変われど、考えられたことを全てしていた時代でした。書くとなると本10冊は書かないと済まなくなるでしょう。それを3行以下、100文字以下、先頭の節よりなお短く、分かりやすく一言で、先頭の節の論旨を言いきります。理由です。上司や評価者が理解してくれるのはその程度なのです。それを学校人やこの村の先生は知らないのです。可哀想。生徒がですが。先生は自業自得。

 今日は結論の、まとめた結果です。ひとたび書いたら、UNIXは多すぎるし、お世話になった先生や上司も多すぎて、論旨を分かりやすくまとめることができません。ですから、泣いて馬謖を切る、必要があるのです。

「UNIXは凡そ15年、その他25年近く、研究から営業まで担当した私が、挑戦し続けている鈴木氏の、教育関係の仕事をさせて頂いているのは宿命でしょう。彼のために、また世のため、人のために、最後のひと花を咲かせたいと思っています。」

 これこそ本心。しかも中村師匠、ネムオロ塾の先生、UNIX一筋の先生のお考えを尊重し、鈴木さんのためになり、自分の願望を自己宣伝できているでしょう。如何でしょうか。なお、UNIXの先生は今は低価格なUNIXコンピュータをベースに、情報リタラシーと複雑性の数理を研究し学生さんに指導しています。私の好きなカタストロフ理論もお好きなようです。私が今まで好きになったテーマと同じです。ただ彼は今も教育で実践しているのが凄いのです。私は無職の定年退職者なのにです。(笑)

 今日はここまでにします。ざまーカンカン。だからこの世は面白い。南無阿弥陀仏。

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