肯定的映画評論室・新館

一刀両断!コラムで映画を三枚おろし。

『ディア・ドクター』、観ました。

2011-09-25 07:07:21 | 映画(た行)

出演: 笑福亭鶴瓶, 瑛太, 余貴美子, 香川照之
監督: 西川美和
※2009年キネマ旬報ベストテン第1位

都会の医大を出た研修医・相馬が赴任してきた山間の僻村には、中年医師の
伊野がいるのみ。高血圧、心臓蘇生、痴呆老人の話し相手まで一手に
引きうける伊野は村人から大きな信頼を寄せられていたが、ある日、かづ子
という独り暮らしの未亡人から頼まれた嘘を突き通すことにしたことから、
伊野自身が抱えいたある秘密が明らかになっていく……。
 年間通じて、そうそうお目に掛かれる映画じゃない。勿論、それは悪い方の
意味じゃなくて、特別に良い方の意味でね。のどかな山村の風景を切り取った
映像の美しさ、現在の証言と過去の出来事を交錯させながらのストーリー
構成もさることながら、この映画の秀逸さを語る上で避けて通れないのが、
大胆で意表を付くキャスティングだろう。その象徴とも言える“落語家”
笑福亭鶴瓶の大抜擢だが、これが変に演技演技してないというか、本来彼の
持つ“人の良さ”が自然に表現されていて実に良いカンジなのだ。そういえば、
かつて同じように新人や素人をよく抜擢した黒澤明監督がこんな風に
言っていた。「変に演技を習ってない素人の方が、“手垢”が付いてなくて
使いやすい」だそうな。はたして、西川美和がそう考えての配役だったのかは
さておき、更に今作では、その鶴瓶を物語の中心に置きつつも、瑛太、
余貴美子、井川遥、香川照之、笹野高史、八千草薫らで周囲を固めている。
まぁ、あえて失礼を承知で言わせてもらうと、それらの役者さんって演技が
物凄く巧いというより、むしろ個性派だとかクセ者に近い。彼らを適材適所に
配置し、物語にピリッとしたスパイスを加えている。
 一方、監督三作目にして、すでに絶頂期(?)を思わせる西川美和の演出は
今作でもキレ味鋭く、その研ぎ澄まされた感性には目を見張る。例えば、
ある夜の事、医学書の上で仰向けにもがきながら、やがてその場を飛び去って
いく虫けらは、袋小路に迷い込んだ主人公の現在とこれからの行く末を
暗示させる。また、娘が母の病状を知った際、アイスキャンデーが流しに落ち、
その溶けて流れゆく様子に“人の命の儚さ”を連想させる。更に、かつては
やり手としてならした主人公の父親も、今は痴呆となって孤独な晩年を
過ごしている。一貫してその姿を“遠巻きからのショット”で写すのは、すでに
人々の記憶から忘れ去られ、“小さくなった存在”を無言のうちに訴えかけている。
観ていて勉強になるというか、本作では随所に“演出の妙”を見せ付けられた。
 (以下ネタバレあり)ところで、この映画を先に挙げた黒澤明の『赤ひげ』と
ダブらせて観る人もあるかろう。実際、オイラもその一人だ。ただ、『赤ひげ』では
主人公医師を世の不条理に正面から立ち向かう“真のヒーロー”として描かれて
いたのに対し、この『ディア・ドクター』の主人公はむしろ村民と同じように
“人間的な弱さ”を併せ持ち、何かから逃げている“ニセモノ”だ。勿論、『赤ひげ』は
『赤ひげ』の良さがあるとして、この映画では、主人公が己の身の丈を知り、
己の弱さを自覚しているために、患者と同じ目線に立ってふれあいを大切する。
だから、己の価値観を押し付けたりはしないし、患者の意思を尊重する。
つまり、彼は、まず“医師”である前に“人”であり続けたのだ。肩書きだとか
医師の免許があったかどうかなんて関係ない、そこに“人の心”があったのだ、
そこに“人の愛”があったのだ。いくつ数字をこなしたかではなく、人に
何を与えたか、ってこと。映画の終盤、癌患者を母にもつ女性医師は刑事に問う、
「結局、彼(主人公)は、母をどのように死なせるつもりだったのかしら」。
その答えは、やがてラストシーンで明らかになる。再び患者の前に現れた主人公が、
注ぎ手渡すお茶の意味・・・、その“温かさ”こそ、その答えに違いない。


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