そんなつもりじゃなかった・・・
何でそんな話になったのか分からない・・・
と言うことがあるあるけれど、これは対人があって起こること。
どうしてそんなことが起こるのか?
伝え方が悪かったのか?
受け取り手が誤解したのか?
聞く、受け取るといった双方の姿勢に何か問題があったのだろう。
もしくは片方の・・・
合わない、と一言で言ってしまえばそれまでだけれど
本当にそれだけなのかな?
そこに、「相手を認める」ことや「相手を受け入れる」
そんな気持ちや考えがあるうえで対話していていたら
起こらない出来事もあるのではないかと思う。
そこには傲慢な見方はしていなかったのか?
かといって、どちらか傲慢な見方が生じやすい性質だったとしたら
もめ事が絶えないはず。
それか、特定の人に対して傲慢な態度をとりたくなるのか?
そんな可能性もあるけれど、
できるのなら少し距離をとることが良いけれど
できないのなら出来事を引きずらないこと。
どちらがどうと考えずに
済んだことは自分の中にわだかまりを作らないようにして
なるべく相手が持つ「良いところ」を大きく評価しておこう。
嫌なことも良いことも自分が自発的に巻き起こさなくても
流れの中で自然と起こることがある。
今年は自分が事を起こすよりも
周りからの流れに自分がのっているだけで
その波にしっかり乗りながらベストをつくす。
その波が過ぎたら降りるだけ・・・
どんな風に波から降りるのかは分からないけれど
波が穏やかになるのか崩れるのかは
自分でどうにかできるものでもなく
波に任せるしかないこと。
私もそれでいいと思う。
今は受け身でいながらも、しっかり来た波に乗る時期だと思う。
ゆっくりするときか、忙しくなるのか?
今年になってやっと静かな時間になりそうだ。
自分で時間を使えるようになりそうなので
のびのびになっていた勉強を始めようかと思っています。
いつもの自分のやり方を少し変えてみるのもいいかもしれない。
いつも「仕方ないなぁ~」とか「そうは言っても・・・」とか
ぶつぶつ言いながらも仕方なく行うことがあるなら
ちょっと変えてみてもいいかもしれない。
そうしなくてはならない、変えられない理由がかるなら
本当に仕方がないのかもしれないけれど
もうそこまでやらなくても、頑張らなくてもいいんじゃない?
そう思えるのなら、一旦手をひいてもいいかも。
何かの状況になったとき
長年どうもいつものパターンが自分にあると気づいたら
ちょっといつもの自分とは変えよう!
何度も経験したことのある状況で自分のいつもの対応なら
先の想像もつくでしょう?
今度は先の想像がつかないやり方をして
もっと自由な選択を自分に与えること。
私も今回は違うやり方を選択してみます。
何だかここ数日、人の感情が流れこんできているようで
自分の感情が掻き乱されているよう。
もっともっと自分らしく・・・
少しづつ自分自身を理解しつつあった中に
また、いつの間にか良い人や人のお世話に援助などといったことを
演じてしまう自分になっている。
誰かに認めてもらいたいということではなく
誰かのために頑張りすぎている自分がいる。
助けようと頑張ってしまうけれど
相手はだんだんと当たり前になって
逆に横柄になってしまうこともある。
その人の味方として
少しでも役に立って助けたいと思ってしまうのだけれど
きっとそんな必要もないのかもしれない。
人の事なのに頑張りすぎてしまうことで
嫌な思いをすることが多いことにも気づいた。
きっかけは助けを必要または利用したいと
思っているかもしれないけれど
頑張ってもらわなくてもいいのかもしれない。
私が勝手に一生懸命になりすぎてしまうのかも・・・
期待に応えたい!と思い込みすぎているのだろう。
本当はやるべきことがあるのに
途中で助けが必要な人がいると寄り道をして頑張ってしまう。
本来、やろうと思っていたことは何?
自分自身がやろうと思っていたこと
自分の人生として必要なことを自分のためにやらなくちゃ。
人のやっていることに協力するのはいいけれど
頑張りすぎて落胆することがないようにしよう。
人のこと
自分のこと
考えてみると、みんな人のことには
距離をとりながら協力するくらいで
頑張ってくれることは少ないかも・・・
頑張りすぎて疲れてしまうのも
自分のことが後回しになることも
私にはやりすぎに注意と心がけること。
自分は何をしたい?
何をするべきか?
ちゃんとやるべきことをすること。
癖をだして寄り道ばかりしないように気をつけよう。
私個人の感覚としていつも思うのは
そこにある動機は何か?ということが大きく作用するということ。
例えば、悪意を持ってことを起こすか
全く何もそこには気がないか・・・
例えば、悲痛な思いなどは人の気がそこに残るものだけれど、
全くそこに何も気配がないときもある。
逆に何も気配がないことが不気味な意味を
なすことがあるのだと最近気づいた。
狂気も苦しみや絶望も他人が想像するはずのものが
そこに全く気配がないということはどういうことなのか?
想像するような動機や思いが全くないのではないかということになる。
そう思うと、もっと怖いことになる。
人間としての感覚が無くなってきているような・・・
心が無くなってきているのではないか・・・?
人間ならではの思いやり、やさしさ、後悔などの思いは?
表面的なことより、もっともっと大事なものが
どんどん失われつつあるような気がするのです。
昨日の続き・・・
私たちは走った。
でも、至るところにいる部下や追ってくる部下に
私のすぐ後ろを走っていた親友とその後ろを走っていた男性が捕まって
引きずられながら殴られようとしている。
私はパニックになりながら叫んでいるけれど
どうしていいのか分からない。
彼らは私のほうをみて「逃げて」と叫んでいるので
私は泣きながら走り始めた。
人ごみの細い廊下のようなところに入ったら
後ろを気にしながらも早歩きをして平静を装いながら
歩き続けていた・・・
ここで、夢の場面が変わってしまい
私はどうなったかわからない。
そして、移った場面・・・
捕まった友達の場所。
男性は捕まった場所で部下たちの酷いリンチで既に動かなくなっている。
親友の女性は瀕死の状態ながらも走って逃げながら
何かSDのような大事な情報が入っているようなものを持っている。
リーダーに何とか連絡をしようと電話しても全く通じない。
どうやら状況的に講堂の時から少し日がたっているようで
リーダーの場所へ場面が移る。
リーダーと数人の仲間も無事だったようですが
初心とは変わってしまったその仲間たちは
何処かの隠れレストランのようなところでリーダーを中心にして
カウンターで盗んできたお金ですっかり強盗のようになり
騒ぎながらお酒を飲んでいる。
講堂の騒ぎの後、
人から見えなくなる能力を使って
暴動騒ぎを利用して人けのいない家を狙って金目の物を盗んで
すっかり人が変わってしまっていた。
そんな状態なので、いくら電話しても携帯のようなものが
なっていることにも気づかないでいた。
女性は瀕死な状態で必死にその隠れ家へ行って上を見上げると
(道路から微妙に上にあって背伸びをすると1Fのフロアに手が届く感じ)
リーダーがいることが分かった。
必死に背伸びをしてリーダーのつま先にSDが届こうとしたとき
(カウンターの前はガラス戸なのだけど鉄格子になっていて窓が開いていた)
リーダーも気づきハッとすると同時に
隠れ家のドアがバン!と開き敵の部下たちが大勢入ってきて
一瞬で攻撃を仕掛けてきた・・・
私の仲間はみんないなくなってしまった。
似たような感覚の仲間たちはいなくなってしまったようだった。
次に場面が移ると・・・
何処かの海が近い駅のようなところ。
3つ子の男の子たちがワイワイ話しながらいて
微笑ましくてかわいいなぁ~と思ってみていると
視線が移って切符を売っている窓口のほうを見る。
何だか夢の中の私を思い起こさせるような黒いウェーブヘアの若い女性に
目が留まり、その後ろを見るとワイワイおしゃべりしながら
列に並んでいる少し最初の人より背の低い女性に続き
少しづつ背が低くなる人が5人いて
身長からいって姉妹なんだと分かった。
彼女たちの列に遮られていたけれど
奥をみると長いウェーブの黒髪の女性の後ろ姿が見えた。
窓から日差しが逆光になっていてよく見えないけれど
よく見ていると、その女性がゆっくりと振り返った。
私だ!
どうやら生き延びていたんだ。
戦争は終わって時代は変わったようだったけれど
別の国にいるよう。
もともと、何処かヨーロッパのようなところにいたけれど
違う国にいる。
やはり私は鋭い眼差しをしている。
年子で5人もの女の子を生んでいた。
一人で5人の娘たちといる。
仲間は誰もいなくなったけれど、自分で仲間を増やしたようだ。
独りぼっちでもなく、生き延びていた。
そんな夢。
映画のような夢を久しぶりにみた。
私は夢の途中で起きても続きからみることはできる。
今回は映画のエンディングのような夢だけれど、
いつもは途中までということが多い。
でも、起きたときすっごく疲れていた・・・
久しぶりに疲れる夢をみた。
とても混沌とした乱れた時代だか国のようで
多くの人がとても広い講堂のような場所で誰かの演説を聞いている。
無理やり権力を握ろうとしている傲慢なリーダーが
どんどん力を増してきていて反対する人たちと抗争が絶えない。
私はその講堂にいて話を聞いているけれど
どんどんザワつく中で、ここで皆終わることになるのを察知していた。
周りで殴り合ったりしている中、
私はある人に呼ばれ無理やり雑多なところから
講堂の後ろへ行った。
するとリーダーらしき背の高い年上の男の周りに
5~6人の男女がいた。
すると、その男が「時間がないからただ信じて。」と言った。
周りの喧騒が彼の言葉をさえぎってしまうので
聞き耳を立てている。
どうやらお経のような音に集中するようにと言ったよう。
彼を中心に私たちは壁側について立ち
彼の首元へ額をつけ、どんどん集中していくと
周りの音は消えお経がしっかり聞こえてきた。
私は最初よく彼の言葉が聞こえず「一緒に歌って」と言われたのかと思い
私も声に出していたけれど他の人がただ目を閉じて集中しているので
私も慌てて声に出すのをやめ集中するようにした。
すぐにでも殺されそうな状況なので
彼が必死に信じて集中してと言う言葉だけを私も頼った。
すると、周りの人から私たちは見えていないような状況になった。
どうやら、私たちが透明と言うか彼らの目には見えないようです。
でも、そこにいるので彼らは触れることができるので
気づかれないように気をつけなければならい。
私たちは皆壁にぴったりとつき息をひそめていた。
悲惨な光景が目の前で繰り広げられているのを見ながら
人が私たちにぶつかったりしないようによけながら立っていると
一人の権力者側の部下が私たちの前を通り過ぎるときに
指先がサッと一人に触れてしまった。
カンのいいその部下は立ち止まって何か怪訝そうな顔で
ゆっくり振り返って私たちのほうをジッと見ている。
次の瞬間にドッと駆け寄り両手で私たちを掴もうとしてきた。
私たちは見つかってしまったと、みんな散りじりに逃げ出して講堂の外の
よりごった返した街の中へ逃げ出し、みんなと離れてしまった。
私は親友の女性と仲間の男性と三人で人をかき分け必死に走った。
長くなるので、続きはまた明日。
ちょこっと先日の続き・・・
切った髪型はやや中途半端でまとまりがつかないまま・・・
何とかなるかと数日我慢したけれど
やっぱり無理そうなのでまた切ることにした。
あ~・・・
カット代7000円もしたのに。
私の髪、難しいから仕方ないのね。
久しぶりに天気が悪くなったせいか今日は何だか疲れた。
少し前にマッサージ機にのりながら
自分の足をボ~と眺めていると
エネルギーのモヤがゆらゆら見えていたのですが
フと感じた事があります。
「自分のエネルギーフィールドを広げきちんと確保すること」
これが大事。
人のエネルギーにむやみに溶け込ませないこと。
きちんと自分の領域を確保することをいしきすることが大事。
そう言えば、長かった髪の毛を短くした。
30センチ以上は切ってる・・・
美容師さんは必ず「楽になりますよ~」とか
みんな口を揃えて似たような決まったことを言う。
「乾かすのに時間がかかるでしょう~」
私の髪質は重くない。
そのうえ、くせ毛でボリュームがあるように見えたとしても
空気を含んでいる綿をイメージしてもらえば分かると思うけど
体積のわりに軽いし、濡れると大した量にならないでしょ?
そんな感じなので自然乾燥でもすぐ乾くし
ドライヤーでもすぐ乾く。
だから感情のない言葉は響かない・・・
やっぱり、色々な経験を積んでいるキャリアのある人とは違う。
けれども新しく探そうと思うと難しい・・・
だって昔と違ってインターネットで見つけられるのは
今どきなところばかりなんだもの。
まぁ、ボヤキは置いといて私は髪を切った。
さすがにはじめてのところでお客さんである私も不安だけれど
美容師さんもちょっと不安だったようで
思ったところまではショートになっていないので
くせが余計出てちょっと広がってまとまらない。
短いけれど、やや長さが中途半端だったようで広がるので
次の日に別の美容院に行こうかと思ったのですが
ひとまず何とかして一か月は我慢しようかなと気を新たにしました。
特に理由はないのですけど。