★ Tのゆるゆる日記 ★ 

人生どこへ向かうのか?
日々、感じたことを通してみえること。

中年太り

2024-05-14 | 日々のこと
確か先月書いていたと思うのだけれど
いつまでも結果が出ない減量に嫌気もさして
4月から持続可能性かつ、結果を出したいと
更なる研究をしている。

そこで、運動などの動画を見ると
まア、みなさん短期間で綺麗に痩せたりしている。。。
でも、しばらく経って気づくのは
彼らがとても若かったということで
「この年になると。。。」と言いつつ30代。
下手したら20代前半だったりする。
まだ本格的な中年太りとの戦いではない。

ある部分は参考になるけれど。。。

元々、好きなものを好きなだけ食べていて太っていた人が
食事量をやや減らして栄養に気をつけて
運動を取り入れたら痩せた。
下手したら普通の女性の食事にしたら痩せたりする。

これも元の食事が酷すぎるので
ちょっとお肉がついた理由が違う。

少しづつ増えてきたから年頃から
量や栄養をある程度は気をつけていて今の状態。
落とそうとしても落ちないものを落とすことは本当に大変。
完全に代謝が落ちた中年ならではの理由で
年々少しづつ増えてきた結果での脂肪。
よくある中年太りの6〜8kgのもたつき。。。
逆に、中年になって痩せてしまう人もいるようだ。

結果が出ないことは全て言い訳となってしまうので
今年こそは心身ともに少しは引き締まった自分になる!
と、4月から引き続きコツコツやっている。






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孤独な気持ち

2024-05-13 | 最近おもうこと
ほとんどの人は孤独という恐怖を背負っている。

その個人的な問題を避けようとして
家族を巻き込んでいったり、
形だけの孤独を避けるために自分を押し殺したり
もしくは、子供の人生に深入りしたりする。

身体が元気でなんでも自由にできるときは
まだいいのだろうけれど
老いることが見えてくるとさらに深刻になっていく。。。

当然、
老いることは全ての生まれてきたものに当てはまり
避けることはできないし
どんなに抗っても見た目も細胞も老化していく。

老化で孤独が増すのは
人生の期間を少しづつ意識し始めるからなのだと思うけれど
早くから人生のサイクルを当然のこととして
漠然とではなく受け入れている人は
この孤独に対して必要以上に深刻にならないのかもしれない。

私はといえば、ちっともしっかりと生きていないので
とりあえずできることをやろうと動ける身体作りで
運動だけはやっている。

それぞれの年代で感じることも変わるけれど
若さは身体も心も強くいさせるので
思いたった今から
何か1人でできる新しい取り組みを始めて見るのもいい。
自分で枠にとらわれず、
やってみたいことなら何だって始められる。

今からじゃ。。。
必要ないし。。。
誰かと一緒じゃないと。。。

そんなこともどうでもいい。
自分がやってみたいか、興味があるかだけで
1人で気楽に始めればいい。

孤独になるときがあったっていい。
それを誤魔化さずにちゃんと向き合っていく
自分を作ることができれば上出来だ。









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辛い経験が与えるもの

2024-05-12 | 最近おもうこと
人生の中で起こる悲しい辛い経験を
自分なりにしっかりとその感情に向き合ってきた人は
とても素敵に深みが出て魅力が増している。

誰だって悲しいことや辛いことは起きてほしくない。
けれども、それにより自分の中の別の視点や感情が湧き
しっかりそれらに向き合い対処していくということで
自分自身が変化していくのだろう。

自分が持つ感情の深みや幅が増していくのだけれど
もちろん自分で気づきはしない。
けれど、確実に変化している。

これはどんなに本を読んだり人の話を聞いて
字列的に、言葉的に分かったような気になったとしても
感情という目に見えない、
その人自身の内にある場所と同化して感じることはできない。

経験でしか得られないものがある。
欲しいと思って得られるものでもないし、
悲しい辛いことを経験させない、しないようにする。
生きる上ではいつも楽しく幸せである方がいい。

人生には、いい経験だけでは得られないものもあり
魂にとっては、
人生には様々な感情を揺さぶるような出来事があった方がいいのだろう。



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地に足をつける

2024-05-11 | 日々のこと
「生きる」ということは
しっかり地に足をつけていないといけない。

そうしながら、バランスを取ることが大事だと思う。
どちらかに偏ってしまうことは多いのだけれど。。。

少し前に、寝ようと思ってベッドに入ろうとしたとき
一瞬視界に白い寝巻きを着た小柄な女性がスッと部屋を横切った。
昔の西洋できるような綿のネグリジェのようなもので
日本人ではないと感じたけれど誰かはわからない。
前にもこのようなことがあった。

それからしばらくして、ジムでシャワーを浴びていると
途中から誰かがシャワーを浴び始める音が聞こえだした。
私が体を拭いている時も聞こえていたのに
服を着て外に出ると、全てのカーテンは空いていて
誰もシャワー室にはいなかった。

最近、このようなことが続いていた。

先日、別のジムに行ってトイレに行くと
誰かが用を足している音が聞こえている。
入ってすぐ右に曲がるとトイレがいくつか並んでいるので
右に曲がって見ると全てのドアが開いているので
「また?」と思った瞬間。。。

「ごめん、誰も来ないと思って」
と慌ててドアを閉めようと手を伸ばし始めた人と目があった。。。
一瞬、別の意味で驚いたけれど
「大丈夫」と訳のわからないことを言って
手洗い場で一緒になるのも気まずいので
すぐに用を足して後にした。

小さな子供がドアを開けているのに遭遇することはあったけれど
大人が公共の場でドアを開けたまま用を足す場面は初めてだった。
ちゃんと鍵がうまく閉まってなくて開いてしまい
慌てて閉めようとする人と目が合うことはあったけれど。。。
まあ、そんなこともある。

地に足がついていなくなると
突然足を引っ張り地につけるようにと気づかせてくれることがある。
いつでもどこでも、バランスは大事だ。




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人生を通して体験する

2024-05-10 | 最近おもうこと
人はそれぞれ本来体験をするために
この世にやってきたのだと私は思う。

それは個人的なとても小さなことではなく
人生を通し同じことを繰り返してきているような大きなこと。
毎回違う状況、条件で物事は起こるのだけれど
それらを深掘りしていくと
とても深い深い課題を見つけるために
体験することにあることに気づく。

条件や状況などは物事が起こるための
きっかけを与えるのに必要なだけでそこにある。
だからさまざまな繋がりも必要になるのだけれど
それも、単に体験するのに必要だから。。。

けれど、いつもどこかに執着したり囚われたりして
同じところに留まってしまう。
そしてまた思う。。。「どうしてだろう?」

今在る場所で、今持つものを活用して
自分ができることを
油断せずに集中して自分の人生を満喫すればいい。

何をしたか?
どれほどのことをしたか?
いい人であったか?

結局そんなことばかりで、かごの中に入り
身動きも取れず苦しくさせてしまう
自分自身にならないように。。。









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人の在り方

2024-05-09 | ちょっと、ひとりごと
時代によって人の在り方は違う。

もちろん、人間自体が変わったわけではない。
人の考え方が変わっただけ。

昭和の前半の父親、母親の役割も考え方も表し方も
今とは全く違う人が多い。
会社の在り方、社会の在り方も
当然人が作るものなので今とは全然違う。

人間としての根本的なことが変わったののかと言えば違う。
もっと表面的な善悪という考え方の違いがあり
その表し方が違うだけで
人が本来持っているものは大差ない。

ただ、無理に何かを抑える、隠すことはその分それを強める。
それを理解した上で、内面に対して取り組みながら
抑えたり隠そうとすることもできるけれど
そうすることは難しく、自分自身を空虚にさせる。

どちらにしても、自分自身が持つ性質を理解した上で
自分の在り方としての表現をしないと矛盾や歪みが出ていく。
理解しないまま自分の現実を作っていっても
満たされないものを増やすことになってしまう。
さらに、問題も大きくなる。

時代のせいにせず、
自分自身を理解しようとしながら
在り方を選んで自分の人生を創っていければいい。





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暗い気持ちを変える

2024-05-08 | 最近おもうこと
先日から急にどんよりしていた気分が
何故かスッと軽くなり始めた。

重い気持ちを引きずっても何も解決なんてしないのに
どんよりと暗い気持ちで日々を
過ごしてしまう時もあるかもしれない。

それは解決できることなのか?

自分の対応を変えればいいことだけなら
自分はどうしたいのか?

過去、全ての思いは流す。
この今という瞬間はその中にいない。


それでも難しいからグルグル暗い思いや思考に支配される。
でも、その暗い思いは
自分を蝕んでいくことを忘れてはいけない。

自分の心身は自分しか管理できないのに
それを意識せずに汚染させてしまうことを選択する。
それに気づいたのなら、この一瞬から変えよう。
「どうして自分ばかりこんなことに。。。」
そんなことに目を向けず、
自分の恵まれた部分に感謝するということに目を向けよう。

必ず、今、恵まれているものがある。
感謝の足りなさを思い出そう。
それだけで暗い思いは変わっていく。









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無意識に選択させない

2024-05-07 | 最近おもうこと
毎日、特に変化もなければ
変わらずに続いているように思うこともある。

けれども、本当は一瞬一瞬流れ変化している。
その一瞬一瞬に変化を与えないのは自分自身なのではないか?
一瞬一瞬の自分の在り方、無意識の中の自分の思考や感情。

どうして、その流れを濁してしまうのだろう。
一瞬一瞬がどのように影響を与えるのか
あまりにも無頓着になっている。

私たちの日常は常にさまざまなことが起こったり
ざわざわと多くの雑音の中にある。
けれども、それは外側のこと。
自分が選択しなければ自分の内面には何の影響もない。

そんなことを忘れて過ごしている。
大事な選択を無意識に任せ放棄している。

今、この一瞬から始められること。
気づいたこの時から。
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やるべきこと、やりたいこと

2024-05-06 | 日々のこと
「自分の正しい」を押し付ける人はとても多い。

それは正義から来ているのかもしれないし
頭が良くて知識から来ているのかもしれないし
自分の意見を主張したいだけかもしれないし
色々な感情から来ているのだろう。

真面目な人、エリートと言われる人もこうなりやすい。
他人にはもちろんそうだけれど
自分自身にも「正しい」を課していて
正しいことだからと頭で考えるので
苦にならずに真面目におこなう。

でもこれは、感覚と思考のバランスが
崩れていることに気づけなくなる。
思考することは必要、けれど感覚に耳を傾けることも大事。

自然からなるもの、人間も含め全て機械のようにはいかない。
ましてや、自分にできる、考える正しいことが
他人にも当然できる、同じように考えると思うこと自体違う。

真面目な思考で自分にも他人にも「正しさを課す」行為は
どこかで歪みが生まれ反動が現れる。





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本質に向かい合う

2024-05-05 | ちょっと、ひとりごと
本当の自分、自分自身を取り戻すための
きっかけになる痛みが起こることがある。

根本の蓋を開けないままだと
その蓋を開け放すようにする大きな出来事が
幾度か起こってしまうことになる。

けれども、そこに蓋をしたままにするという
自分なりの大きな理由があったり
その蓋を守り続けようとする自分がいることを
自分自身が認めていることを
別視点で認め、それを手放さなければならない。

とても難しく、とても深い痛みになる。

何も自分自身に言い訳をする必要もなく
またその蓋を開けることを躊躇し続ける必要もない。
もう、何も考えることもなくただ解放すればいい。

誰かが留めるようなことをしてくる。
自分自身が留まろうともする。
この機会が起こったことをどうするかは自分で選択できる。

痛みが深いだけに自分自身でしか対応できない。

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