今日、おかしなことがあった。
仕事関係であるイベントがありメンバーは仕事上必須なものを
来場したものに限り配布とあって
その他のものは買わなくてはならない仕組みだ。
私は最近はこのイベントにも興味がなく行っていない。
でも、行かなきゃ買うことになる・・・
この品物を期間限定で安く手に入れることは
出来ても買うのも馬鹿らしい・・・
ましてや定価なんてありえないとと思って
仕事前にサッと貰いにだけ行こうと思ったのだけれど
パートナーに
「時間がないのに貰うためだけにいくの?交通費はいくら?」
と聞かれ、よく考えてみると期間内に買うのと
大差ないことに気付いた・・・
そう!!
最近はこういった人寄せパンダ(?)のような仕組みが多い!
そして交通費もチャージしてしまうと
実際いくら使っているか考えなくなってしまって
結果、「タダ」とか「割引」という言葉に踊らされてしまう。
交通費や費やす時間、お茶代などもろもろ考えると
そんなに得していないことも多い。
snsや口コミなどを使ってのものも同じだ。
書き込むことでサービス、良いことをかくことでサービス
いいね!を押すことでサービス・・・などなど
情報が得やすい時代だけに、情報に翻弄される時代でもある。
多くの人がその流れに流されれば、
良くないものもいいもののようになる。
仕事も商品もそうかもしれないけれど
そうやるほうがいいのかも・・・
それを手に入れたほうがいいのかも・・・
と、誰もが思い始めるわけです。
私も、仕事の仕方などでいつの間にか流されていたことに
やっと気付き始めた。
皆が同じものしか見ていないなら、同じ発想ばかりになり
1つの物事が飽和状態になる。
だから、この情報が沢山あるということは
自分の土台をシッカリ固めないと根本から流されて
何をしたかったのか、何がいいのか
全く全く自分が分からなくなってしまう。
外の感覚ばかり当てにして
自分の感覚を使わないと、使えなくなってくる気がする。
いいもの、好きなもの、おいしいもの、必要なもの・・・
それぞれ自分という基準で判断し選択する。
そうしていくと、
もっと広い範囲で物事を眺められるような気がします。