goo blog サービス終了のお知らせ 

★ Tのゆるゆる日記 ★ 

人生どこへ向かうのか?
目に見えないものを知りたい。

どちらでも・・・

2020-07-17 | 日記

自分が思う正しいことや正義を主張し

他人にも断固としてその正しさを

諭すようなことがある。

 

悪と善

どちらか一方を強く主張するということは

もう一方を裁くことになる。

どちらか一方に強く光を当てれば

もう一方は闇になる。

 

陰と陽のように

善があるということは悪があるから善が存在する。

光は闇というものが存在するから光の存在に気づく。

 

どちらか一方を強く主張すれば

もう一方の存在を強めるということでもある。

 

 

誰かが反対意見を言えば

つい自分の正義を声高に主張してしまう。

特に自分の立場が脅かされそうな場面では・・・

 

でも、善悪を強く主張することを手放すことが

いかに大事なことであるか少しづつ分かってきた気がする。

 

 


友達との別れ

2020-07-13 | 日記

土曜日に友達が引っ越していった。

 

その日は空港まで送り、

それまで私たちが出来ることはなるべくし、

良い思い出を持って旅立ってもらいたかった。

 

今は昔と大違いで

どこに居ようと連絡も無料でつくし

近況もすぐに見ることもできるので

寂しさはあるけれど、

お別れではない感覚でいられる。

 

 

何かがあった時に心配したり

手伝ったりしたいとお互いが思うような、

本当に友達だといえる人を持つことは

人生を豊かにしてくれる。

 

人との深い関りは沢山の気づきを与えてくれる。

 

 


年代の変化について

2020-07-08 | 日記

最近10代の人が20代になりたくないと

言ったことをよく聞く。

多分、20代はとても歳をとった

イメージがあるのかもしれない。

 

私も20代前半の時は

28,9歳の人はとても年上に感じた。

 

20代からしたら30代は

また、とても年上でしっかりしている

大人なイメージだろう。

 

そして30代からすると

40代はかなり大人だとイメージする。

 

40代もしかり、50代は相当な大人のイメージ。

 

50代からしたら60代は・・・

 

いつだって、自分の年代より上の年代に

しっかりしたものをイメージしている。

 

それなのに、自分の年代が変わるのは

何事もなかったかのように

同じ流れの延長線上でいつの間にか変化している。

 

多少はしっかりする部分もあるかもしれない。

もしかしたら、

環境上しっかりして見えるのかもしれない。

特に子供がいれば

世の中は母親、父親と言った

しっかりしていて子供の世話をする

大人のイメージを持つ。

 

確かに子供の世話をする人は

責任感を持つようになるかもしれない。

社会でも同様に

責任のある立場になれば

責任感と言うものを学んでいくかもしれない。

 

 

けれども本当はどうだろう?

 

中身はたいして変わりはないものだ。

気づいたら年代が変わっているだけ。

中身はたいして変わりがないのに

残念ながら細胞が老化していき

見た目が老けているだけに過ぎない。

 

だから、年齢でしっかりした大人を

イメージするのはそもそも間違いだし

子供がいるから責任感のある

しっかりした大人だと思うのも間違いだ。

もちろん、子供をつくる以上は

責任を持つべきだけれど・・・

 

だから若者は、年齢で相手に期待してはいけない。

中身は大差ないと思っておいた方がいい。

 

逆に、年代に関わらず

いい交友関係が生まれる可能性だって大いにある。

 

 

 

 

 

 

 

 


心地よいを選ぶ

2020-07-06 | 日記

何年も前のブログにも書いていたけれど

何となく二極化が進んでいるように感じていて

ここ数年はもっと大きくなっていた気がした。

私は特に何かが見えるとか

占星術をやっているわけでもないけれど

それでも感じるものはある。

 

最近はそれが顕著に表れて

見えるようになってきているようだ。

 

だからこそ、何だかよく分からないことを

言う人たちも多く出てくるのだろう。

くだらないことに立ち止まっている場合じゃない。

自分が快適でいられるものを集めよう。

 

現実は自分が作り上げている

と言うことを意識することが大切だ。

心地よい日々を送ろう。

 

 


友達との別れ

2020-07-01 | 日記

初めて仲良くなり友達と呼べる人が

もうすぐ引っ越してしまう。

片言の英語にも根気よく付き合ってくれて

ハイキングなど誘ってくれていた。

 

彼女のお陰で他の人とも知り合いになれた。

大抵の人は、英語が喋れないと気づくと

あまり話しかけてこないし

誘われることなんてない。

日本では、多くの日本人は英語を話したかったり

外国の人に興味があって話したい人は多い。

それに片言の日本語でも

積極的に分かろうとするけれど

私の実感では、英語圏ではまずそんな人は稀だ。

分からない人には

当たらず触らず近寄らないのが普通。

 

でも、とても親切な彼女はよく誘ってくれていた。

今度会う時には、

もう少し会話がスムーズにできるようになっていたい。

あと少しの間だけれど楽しい思い出を作ろう。


ある気づき

2020-06-29 | 日記

先日書いたブログの続きになると思う。

 

私もそうだったけれど、

人は過去の痛い出来事に対して

自分で納得するための

何かしらの理由をつけたりする。

その時の自分の至らなさを

責めていたりするわけだ。

 

不可抗力なこと

無知だったこと

単に上手く行かなかっただけのこと

そのときの自分では手に負えなかっただけのこと

そんな、単に望み通りにいかなかったことを

自分のせいにし責めているわけだ。

 

それが起こったのは、

それを経験したのは

自分が成長するのに必要だった。

自分が気づくのに必要だった。

自分がOOOするのに必要だった。

などなど、過去の起こった出来事の原因に

自分が納得できるための理由をつける。

 

 

でも、やっと気づいたことがある。

 

本当は何も理由なんてないんだ・・・

ただ、その時の自分に起こった

一つの出来事に過ぎないだけ。

 

それなのに人は

辛かったり悲しかったり苦しい出来事には

後から自分が納得するための理由をつける。

でも、理由が無かったら納得できないから・・・

そして、その作り出した理由に

自分を納得させる。

 

でも気づいたのは

理由があるうちは本当はまだ、

その出来事が

自分の中で解消できていないということなんだ。

完全な過去の出来事になっていないということ。

 

何となく年月が経って

その、自分で見つけた理由に納得されて

何だかもう過去の出来事として

自分では終わったように

思おうとしているし、

そう感じているけれど

それは違う。

 

理由を必要としているのは自分自身で

それを作り出して納得しようとする。

 

本当に終わった出来事になると

理由なんて何も無くなるのだ。

 

単に過去の一つの出来事なだけ。

ただ、それだけになる。

 

それが単に繋がっている

自分の一点にただなっているだけなんだ。

 

 

 


大変な一日

2020-06-27 | 日記

車の免許の申請に行った。

 

8時から開始だけれど先週来たら

長蛇の列が続いていたのと、

8時までに行けば受けられると思っていた

サービスの時間が閉め切られてしまったので

出直すことにした。

 

平日に旦那さんがお休みを取って受付に

またいつも通り早く起きて行ったら

平日は違う場所だと言われ

そちらに行くと

私のケースは土曜日しか受け付けていないとのこと。

 

そんなことで、また早起きして

開始の1時間前の7時に到着。

全く進まず終わったのは6時間後。

とにかく働く側も申請側も段取りが悪く

1人1人に時間がかかるわけだ。

ずっと閉まっていて先週か申請が開始されたので

激込みなのは分かるけれど・・・

普段は多分こんな状況じゃないと思う。

それに仕事をしている人だからといって

尋ねても把握していなかったりするので

3度手間になってしまったのだけれど

とにかく申請が終わってひと段落だ。

 

常夏の国の外で長い間待つのは大変。

人によっては簡易イスを持ってきていたけれど

それでも日差しが強く暑いので疲れる。

 

一か月後の試験が取れたので

何としても合格をしなければ・・・

 

また、こんなに並ぶのは何としても避けたい。

 

 

 

 

 

 


試してみる好奇心

2020-06-24 | 日記

見慣れない食べ物は受け入れない人って案外多い。

 

見たことがない、食べたことがないものは

チラッと見るだけで全く手を付けない。

私は食べることが好きなので

何でも味見はしたいけれど

いつもの見慣れたものしか

手を付けない人って多くて驚く。

海外で持ち寄りの集まりなどは慣れないと苦労する。

日本にあるような見た目のものも

あまり興味を引かないようだ。

例えば、日本にあるようにおしゃれな飾りより、

クリームどっぷりの見慣れたものに人気が集まる。

子供も好き嫌いが激しかったりするし・・・

 

日本人は保守的だと一般的に言われるし

実際に変化を好まない性質はあると私も思う。

会社などでは新しいものを導入することに

反発する人も多いし、

導入した後も前のより方に

戻そうとしてしまったりする。

 

でも、新しい食べ物に対しては

冒険する性質が高いかも?

 

行動に対して真面目が故の頭の固さがあって

融通が利きづらいのかもしれない。

だから行動の変化はあまりしたくない・・・

でも、食やモノは新しいもの好きが多かったりする。

 

日本はレストランもスイーツも流行の回転が早い。

新しく仕掛けては人気が出て、

すぐに飽きられ次に行く。

こんなに新しいものが次から次に出るのも

珍しいかもしれませんね?

それぐらい、

東京にいると何でも食すことができる気がする。

 

私も食は冒険家だけれど

日々のこととなったら保守的だ。

新しいモノは慣れるまで面倒だから

億劫な気持ちの方が先に立ってしまう。

 

でも、世の中はどんどん変化してるのだから

面倒というより面白がって

いろいろ試してみることを

楽しんでいく好奇心を持とう。

 

 

 

 

 


自分で在る

2020-06-22 | 日記

世の中のくだらない情報に踊らされるより

とにかく自分の感覚を磨くことが必要だ。

 

自分の勘より、誰かが言った情報を信じて

言われた通りにしようとするのは間違い。

同じようにしたところで何も変わらない。

必要なことはちゃんと分かるはずだから。

 

特に、世の中がザワつくようなことが多いと

誰かや何かを信じたくなるものだ。

 

慌てて何かをする必要なんかない。

ただいつもの自分らしくあればいい・・・

ただそれだけだ。

 

そうあれば自分の進む道に流れていく。

どちらにしても、

自分の進む道に行くのだから・・・

 

 

 

 

 


組み合わせ

2020-06-19 | 日記

色々なカップルを見ていて感じるのは

やっぱり同じところがあるということ。

 

不釣り合いだったり、

とっても大人しく思慮深い人が真逆の人といたりすると

どこが良かったのかなぁ?と周りの人は

余計なことを思ったりするし

本人同士もいつも揉めている人たちもいる。

 

でも、よくよく見ていると

やっぱり表面には出ていなくても

共通する部分を持っている。

 

だから一緒に居られるわけだ。

 

パートナーの悪口を言ったり

嫌っている人は

口を慎んでよく考えてみよう。

 

カップルとは上手くできている。