道々の枝折

好奇心の趣くままに、見たこと・聞いたこと・思ったこと・為たこと、そして考えたこと・・・

吸汗遅乾素材のすすめ

2010年08月19日 | 健康管理
猛暑が続いている。
暑さを苦にしてエアコン環境に浸かっていると、夏山を歩くのが苦役になってしまうので、クルマに乗ったときと就寝後一時間、そして来訪者のあったとき以外は、努めて冷房の中に身を置かないようにしている。
また、夏に汗腺をフルに活動させておかないと、自律神経に変調を来すこともあるらしい。
それやこれやで、エアコンを意識して忌避する結果、毎日大汗をかいている。

仕事場は西と南の2方向に出入口があり、これを開け放していると、日中はデスク周りを好い風が通り抜ける。風速が1m増す毎に、体感温度は約1°C下がり、しかも純綿製の衣服は汗で湿り気を帯びているから、その水分の気化でさらに体感温度は下がる。外気温が35°Cを越えていても、湿度が60%以下で風速が4〜5mほどあれば、存外快適に過ごせる。

もう最近では見ることもない乾湿温度計を知っている方はご存じだと思うが、末端を水壺に浸したガーゼをアルコール溜まりに巻き付けた温度計の表示温度は、室内の風のない場所でも、その横に並んだ温度計より3°Cほど低くなる。

気化熱を利用するといっても、屋外に水を撒いて辺りの気温を下げるには、大変な量の水が必要で非効率だが、人体の体表温度を下げるには、もともとそのために具わっている発汗作用を、昔ながらの天然繊維の衣服を用いて活用するだけのことだから効率が好い。

蒸し暑い日本の夏は、断熱性のあるポリエステル繊維を使った吸汗速乾素材の衣類では快適に過ごせない。洗濯物の乾きの速度が、外気の湿度によって異なることは誰もが知っている。繊維そのものに吸水性保水性がないこの素材の吸汗力は弱い。それと較べて繊維そのものの保水性が高い綿素材は、乾くときも吸水性を保ち吸汗力は衰えない。

万能の繊維というものはない。どの素材にも、その有用な機能を最大に発揮させる使用条件というものがある。ポリエステルという夢の繊維は実は曲者で、繊維自体に吸水性と熱伝導性が無いから、発汗によって体温調節する人体とは本来馴染まない。ポリエステル100%の衣料が、暑苦しくて着心地が悪いのはそのせいだ。だが、世はまさにポリエステル繊維全盛時代、特に夏の衣料は吸汗速乾素材があたりまえになりつつある。これはポリエステル繊維をハイテク技術で超細密な毛細管に加工してつくられたもので、極めて高い水分(汗)の吸収機能をもつ。

開発され世に出たら、瞬く間にスポーツウェア全般に採用され、その後カジュアルウェアにも普及した。この素材の性能が特に有効な登山ウェアでの採用は早かった。私も率先着用して20年近くになる。そして、その性能が、湿度が低い夏の高山や高原で効力を発揮することを体験している。

吸汗速乾素材は、そもそも、湿度が低い、汗をかいてもすぐ蒸発してしまうような気候、夏でも乾燥して比較的冷涼な気候の国々の人々への有用性を意識して開発されたもののように思う。寒冷地の民族は、身体を濡らすことを極端に嫌う。外気温が低い環境では、汗で身体が濡れると低体温症に直結する危険が高いからだ。

どう考えても、吸汗速乾素材は、高温多湿な気候下に住む人間(東南アジアなど)を想定していないと思う。いかに強力に吸汗したからといって、外気が60%を越える湿潤な環境下では、汗は速やかに蒸散などしないからだ。

湿度が高い土地では、いったん衣類に吸収させた汗を、風で徐々に放散させるのが理に適っている。古人は、麻と木綿が日本の夏を涼しく過ごすために適していることを知っていた。これらの繊維は吸汗遅乾素材とでも言うべきである。

昔から日本人は、汗で濡れることを厭うのでなく、それを逆に利用することで、夏の猛暑に対応してきた。純綿、それもできればインド綿などが、日本の夏を涼しく過ごすには適している。

高い山への登山では、水切れが悪く、しかも濡れると保温力を失う木綿のアンダーウェアは厳禁で、アウターでも厚手綿生地のジーンズなどはいったん濡れたら行動中には絶対乾かないから禁物だ。

だが、夏の平地での生活では、このいったん濡れたらなかなか乾かない木綿の特性が、体表温を下げるのに抜群の効果を発揮する。織糸が密な平織りよりも、編糸の間に空隙があって保水量の多いニット物のほうがその効果が高い。手ぬぐい(平織)とタオル(ニット)の保水性の差を較べれば、違いは歴然としている。つまり、綿のTシャツやポロシャツこそ、現在の日本の夏に最も適した衣料ではないかと考える。

かつて、米国の前国務長官ライス氏に、自らをマダム・スシと自己紹介して当惑させた元大臣が、その数年前に、クールビズを提唱したことがあった。美人で口達者な彼女に迎合したものか、他の閣僚も一斉にノータイになり、それは一般社会にも及んだ。

ポリエステル混のワイシャツを開襟で着ても、エアコンの効いた場所でならともかく、真夏の屋外では存外クールにはならない。特に粋がって素肌にワイシャツを纏うのは、甚だこの国の気候には向いていないのでやめてもらいたい。あれは日本よりはるかに乾燥した欧米などの地域での着こなしである。膚に汗で貼りついたワイシャツほど暑苦しく不快なものはない。綿のニット下着は、日本では必須である。

幕末に日本に来た西欧人のほとんどが、日光や軽井沢に別荘を構え、夏の間中居留地を留守にして避暑地で暮らした理由は、耐え難いこの高湿度にあった。避暑というより避湿が、白人には何をおいても必要だった。

現代は、エアコンが避暑地と同等の気温と湿度を提供してくれる。それに馴れた結果、日本人でありながら、当時の在留西欧人のように夏の多湿に苦しむようになってしまったのは、文明の皮肉である。

綿素材の衣料は汗で濡れるとそれを繊維に蓄え、コンスタントに水分を蒸散させ体表の熱を奪う。濡れたバスタオルを体表面に貼り付けて扇風機の風にあたっている状態を想像していただきたい。これは、熱中症に対する、応急措置そのものだが、汗で湿った綿のニットシャツを着て自然の風に吹かれている状態も、ほとんどこれと変わらない。常に熱中症を防ぐしくみが働いている。高齢者が日本の度外れた猛暑に対応するには、水分補給ばかりでなく、放熱しやすい着衣という面も考慮すべきではないだろうか。

この記録的な酷暑の夏、たまには化学繊維が導入される以前の、わが国の先人達の夏の被服に思いをめぐらしてみることも無駄ではないだろう。エアコンの設定温度を28°Cにして、クールビズ風な服装をしているだけでは、進歩にも解決にも繋がらない。

数千年にも及ぶ生活の歴史の中で定着した、風土・気候と民族の体質に適した旧来の天然素材を再評価し、年ごとに厳しくなると予想される猛暑へ備えたい。

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