道々の枝折

好奇心の趣くままに、見たこと・聞いたこと・思ったこと・為たこと、そして考えたこと・・・

シマイサキ飼育4

2021年03月31日 | 自然観察
シマイサキの「トト」 は、いつもテーブル上の直径20cmのガラス鉢の中に居る。水の中からガラスと空気を隔て、私と50センチの距離で互いに見合っている。なんといっても「トト」が私に関心を示すのは食事時。私が晩酌を始めると動きが活発になり、給餌を要求してくる。刺身の端を細かく2ミリ角ぐらいに刻んだものを10個ほどピンセットで与える。どちらかと言うと食は細い。満腹になると、餌にも私にも見向きしなくなる。 . . . 本文を読む
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思考の泡

2021年03月30日 | 随想
このブログは、見たり聞いたり為たことに触発された時々の私の陋見を、整理し纏めた雑記帳である。人間は眠っている時以外は、外界に触れる度に様々な思いや考えが頭の中に泛んだりよぎったりしている。LEDインジケーターを用いて、脳内の思考を司る箇所で発する超微弱な電圧の変化を拾えば、覚醒中(時には睡眠中でも)は休みなく点滅し続けているに違いない。LEDを点灯させた思考は、書き留めて措かなくては、瞬く間に遠ざ . . . 本文を読む
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ペットの嫉妬

2021年03月27日 | 人文考察
ペットと飼主の関係に共依存が存在することはごく普通にある。愛玩目的で作出されたペットは、人に依存するものである。依存してくるから可愛い。親愛が感じられ安らぎを覚える。ペットは飼主への依存性と親愛性が極めて高く盲目的ですらある。それは飼主にとって甚だ心地よいものだろう。飼主はペットに強い愛着を感じ、そのペットなしでは暮らせなくなる。ペットが居なくなると、世の中から色彩が失われる。知らぬ間にペットへの . . . 本文を読む
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同調圧力

2021年03月25日 | 人文考察
発意・発案・発言を控えて暮らすことは、自らの考えや意思を成る可く明らかにしないで世を渡ろうとする姿勢である。意識して自分の意思の表出を抑えるのは、常に多数の側に就かんがためであろう。意思表明に対する反発とそれに伴う孤立を怖れるからに違いない。何も発しないで大勢に蹤くなら、反発に遭うことも孤立もない。常に多数派の一員として、自己の存在を保って居られる。そのような生涯を送るのは、さぞかし不満が積りはし . . . 本文を読む
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ウコギ飯

2021年03月22日 | 旅・行楽
257号線は、当地を起点に奥三河、奥美濃を経て高山市荘川町を終点とする一般国道である。荘川は分水嶺の彼方日本海側に在り、富山県を流れる一級河川庄川の源流部に当たる。この季節257号線はコブシ、モクレン、ミヤマツツジ、サクラ、シダレザクラ、ハナモモなどの一連の樹花が咲き競い、花街道の様相を呈する。今回は分水嶺のひるがの高原までは行かず折り返す片道200kmのドライブらしい。奥三河の準平原地形の牧歌的 . . . 本文を読む
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