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Untrue Love(39)

2012年10月24日 | Untrue Love
Untrue Love(39)

 その日は、ぼくは実家から五分ほどの距離にある咲子のアパートまでおくり、そのまま駅までひとりで歩いた。その途中で勉強のことも話し、彼女が必要としている本がぼくの大学の図書館にあったことを思い出し、それを自分も利用したことがあったのを教えた。教えただけでは仕方がないので、いったんぼくが借り、それを彼女に又貸しすることを検討した。彼女はその大学のそばまで来て、必要ならばそのまま借りて、不必要ならば返却すると言った。そうすれば、それほど手間にならないと考えていた。

 何日か経って、ぼくは図書館の外で待っている咲子に本を渡した。彼女はページをめくる。適度に頷きながら、満足そうに微笑んだ。ぼくは、横に友人の早間が通りかかったので声をかけた。早間と交際相手の紗枝がぼくを無視した。無視する理由があったようだ。ふたりは喧嘩の最中のようである。それで、ぼくは名残惜しそうに彼らの背中を目で追いながらも、頭のなかから消そうとした。

「それでよさそう?」
「うん、ありがとう」彼女は大切そうにバッグにしまった。

 ぼくらは用も済んだので大学をあとにする。途中でひとりたたずんでいる紗枝を目撃した。もう一度ぼくは声をかけた。
「喧嘩でもしてたの?」

「そう、今回はほんとうに終わりかも」そう言いながらも彼らは継続させることを前提にして関係が成り立っているようにも思えた。紗枝は気分が散漫としているのか、自分のこと以上に周囲の景色に直ぐに反応できないようであったが、やっと咲子のことも気付いた。それで、「誰なの?」と、問いかけた。それを説明することをぼくは忘れがちだった。なぜなら、もうある程度の人数には教えていたので、どこまでがまだなのか理解しづらかったからだ。

「ああ、咲子と言うんだ。何というか、親類みたいなもの・・・」
「そう。よろしく。いつもは、わたし、もっと元気なんだ」と自分のことを評した。だが、彼女はそこに居つづけるようにしていたので、ぼくらだけ駅に向かった。
「仲がいいんだ?」
「そうでもないよ。ただ、友人と付き合っているだけだから」だが、ぼくと早間にはこれといって密接な部分は少なかった。それでも、付かず離れずの関係が定着しているようでもあった。

「あのひと、悲しそうだったね」ぼくは、それが日常的であることを伝えようとしたが、面倒なのでやめた。喧嘩を通してしか愛情を確認できないようなふたりだった。それが、そもそも不幸であるのか、幸福であるのかも分からない。ただ、自分ではそういう状態と無縁でいたかったと思っているだけだ。仲が悪ければ、離れればいい。簡単だ。
「いろいろなヤツがいるんだよ。そうだ、駅ビルで、お茶でも飲んでいこうか?」ぼくは、そう訊ねながら同時に腕時計を見た。財布には、親父からもらったお金がまだ入っている。早く、咲子のために使わなければ無くなってしまう可能性もあったのだが。「バイトまで、少し時間があるから」

「うん、いいよ」彼女は同意した。ぼくは、好かれようとも嫌われようとも思っていない。親に対するのと同じような態度を彼女に示している。だから、どこにも力が入っていないとも感じていた。
 彼女は座席で待っていた。ぼくはふたつの飲み物をトレイに並べ、そこまで持っていった。すると、今度は早間がいた。彼は特別に悲しんでもいないようだった。さっぱりとした表情をしている。

「なんだ、順平か」早間もぼくらの存在に気付いたようだ。
「ここにいたのか、さっき、紗枝ちゃんが悲しんでいたように思えたけど」
「そうか。でも、あいつが悪いからな。ところで、誰なの? そこのひと」
「前にも言ったと思うけど、田舎からでてきた子だよ」
「順平の実家のそばに住みはじめた子か?」
「そう」ぼくは、両者を交互にながめる。「こっちが早間で、さっきの悲しんでいる紗枝の彼氏。こっちが咲子。ぼくより一才だけ若い」
「よろしく」と言って、早間は彼女を見つめた。
「女のひとにはだらしないから気をつけてね」ぼくは余計なことを告げる。でも、彼を立体化させるには重要な情報でも、もちろんある。

「お前こそ、遊んでばかりいるくせに・・・」
「そんなこともないですよ」ぼくが言おうとしたことを咲子が言った。ぼくのことを、どれほど知っているのかは分からないが。「これ、図書館で借りてもらった」
「良くないんじゃないの、そういう不法行為は」
「あそこにあったって、誰も読まないし、手にも取らない。早間も読んだことないだろう?」
「ないよ。あれば買うし」

「我々は、そんなに裕福な部類じゃないからね」ぼくはまた貰った服を着ている。「仲直りするんだろう?」ぼくは話をかえた。「ふたりともなかなか折れないけど」
「さあね。1年も付き合ったからね」

 その一年が長いのを承知でか、短い意味でつかったのか分からなかった。ただ、ぼくは自分が過ごした一年間をとても短く感じている。あと、数年で社会にでる。そのときに、いまのことを思い出すかどうかを考えた。まだ、友人との関係もつづいているのか、誰に髪を切ってもらっているのか、いつみさんの家へつながる道を歩いているのかなどを頭に巡らしていた。それを失うのはあまりにも惜しかった。それに、咲子はどこで就職するのだろう。

「そろそろ、バイトだ」ぼくは腕時計を見て、壁の時計も見た。早間も自分の腕時計に目を凝らした。それはぼくのより高価なことが直ぐに分かる代物だった。「咲子は、どうする?」
「わたしも、お母さんと用があるので」
「お母さん?」と、早間が不可解に思ったのか口を開いて訊いた。
「違います。順平くんのお母さんです」ぼくも咲子の顔を見る。まるで、ぼくは家族と縁を切ってしまったみたいじゃないか。でも、ぼくは自分の好きになりつつある場所で今日もバイトをするのだ。その場所はぼくが大人になっても永遠に覚えているような気がした。忘れることになるには難しいぐらいに、そこには生きた証人がたくさんい過ぎた。その痕跡や爪あとも多くなりつつあった。ただ、早間だけが置いていかれるのを嫌がるようにさびしそうな表情をしていた。


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