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Untrue Love(40)

2012年10月25日 | Untrue Love
Untrue Love(40)

 ユミが休みのある一日だった。ぼくらは、ぼくの部屋で過ごしていた。どちらも、このひとでなければダメだという要素を持っていたわけではないのかもしれない。しかし、ひとりでいるのにも飽きる時間がある。愛情がまったくないわけでもない。かといって、愛情に埋もれるほど互いを認めていたわけでもない。それは敢えて冷静さのうちにいようというアピールだったのか、格好をつけたいという見栄のあらわれで、ある種の責任逃れを打ち出すことへの憧れだったのか、区別もつかない。だが、いっしょにいるときはあらゆる種類の葛藤や後悔も感じていなかった。また、その幼稚さも禁じていなかった。

 ぼくは早間と紗枝の関係の亀裂を、愛情の不足として考えていた。けれども、それを非難する自分はもっと愛を下等なものとして扱っていた。彼らは、彼らなりに喧嘩を繰り返したりして、修復を試みたり、正面からぶつかり合ったりして一生懸命でもあったのだ。ぼくの方こそ、そういう作業を抜きにして、満足だけを手に入れようと努力した。いや、努力さえ軽視して放棄した。

 だが、そののどかな空気がくずれる。ぼくらは抱き合ったあとの気だるさを部屋に充満させている。それ自体が意志をもっているようだった。ユミが持って来た音楽が壁際の一角に増える。それを流しながら、何にも捉われない休日の午後を過ごしていた。

 家のチャイムが鳴る。ぼくは出るのをためらう。新聞の勧誘を断るという行為を休んでいる午後にするのも面倒だった。多分、そういう目的のためにチャイムは押されたのだろう。誰かの人差し指で。だが、もう一回なったので、ぼくは簡単に衣類を着て、玄関に向かった。

「はい、なんですか?」ぼくは戸を勢いよく開ける。手がなぜかぬるぬるしてドアのノブを握るのに手間取っていた。
「あ、順平くん。これ、返しに」そこには咲子がいた。彼女が来るのを拒む理由などなかった。普通のときならば。だが、いまは日常のひとこまではなかった。

「あ、そうか、そうだよね。ちょっと、待って」ぼくは、いったんドアを閉じ、ユミの方に振り返った。どちらに対してもやましいことなどしていない。だが、どこかに気まずさがあったのも事実だ。

「誰だったの?」ユミが訊いた。
「咲子が突然、来たんだよ」ぼくが答えると、逆にユミは堂々として笑った。
「困っているみたいね? きちんとした格好をするから待ってて」彼女はその場で立ち上がる。「彼女の髪を切った美容師さんの髪型が乱れているのもなんだしね」ユミは洗面所の鏡に向かった。「これで、大丈夫かな?」
「まあ、そんなもんだね」ぼくが作り笑いをすると、彼女も笑った。とても、自然な感じに。

「ごめん、開けるね」そう言って咲子の顔を見ながら告げたぼくは、ドアをとっくに開けていた。彼女は本を手に持っている。それを受け取って直ぐに別れてしまえば物事はもっと簡単だった。だが、ぼくはその品物を見てサンダルを履き外に出た。彼女以外に誰かいないのかを不思議と無意識に確認しながら、辺りを見回した。「お客さんが来てるんだけど、どうぞ」

「可愛い靴」咲子は、そこに脱がれている靴を見た時点で誰がいるかを理解していたのだろう。それで、ぼくの部屋に入っても驚いた様子はなかった。驚きもしなければ、困った様子もなかった。ただ、事実を受け止めることに馴れたひとの応対だった。「こんにちは、ユミさん」
「咲子ちゃんか、驚いたな、偶然で」と、ユミが言った。どこについての偶然か、その言葉を発する理由が分からないままぼくも耳にする。

 ぼくは、この関係を正直に捨てがたいものだと思っていた。だが、咲子に知られることも不本意だった。それは、両親に告げられるということより、何かの拍子にいつみさんに知れ渡ってしまうという恐れが勝っていたからだ。もし、仮りにここにいつみさんがいたならば、逆に安堵していたかもしれない。こういう立場にならなければ、ぼくは自分の正直な気持ちも深いところで確かめられなかったのだろう。

「たまに、こうやって突然に来るの?」非難の口調が混じらないように丁寧にユミが訊いた。大体が作為などない彼女だが、自然に口にできるほど肝が据わっている訳でもない。
「今日で、2回目。前は風邪をひいてたから、順平くんが」
「仲がいいんだね」
「そうでもないよ」ぼくは、どちらに味方をするべきか決めかねるような態度を終わらせないでいた。
「そう。あのときはお母さんに頼まれてもいたから。今日はこの本を期限までに返す必要があったから」
「ぼくのお母さんね。病気の息子に美味しいものを食べさせて、栄養を回復させる責任があったから」
「でも、ユミさんがいれば、心配することもないんだね」と、咲子が言った。彼女は必ず、そのことをいつみさんかキヨシさんに報告しそうでもあった。だが、心配は無用で、余計なことを言いそうにもない雰囲気も同時にあった。
「別に、わたしたち重要な間柄でもないんだよ」と、ユミが言う。

「そうかな?」と、ぼくが言うと、ここで必死にごまかしてあげたのに、それに逆らう気なのか、というユミの咎める視線がぼくに刺さった。それで、「外に出て、なんか食べようか、腹も減ったし」というセリフでこの難解な状況を忘れようとした。ほんとうは、難解でも気にしすぎる状況でもなかったのだ。

「そうだね」と、ユミは同意した。彼女の大切な休みが不可解な場面に流れてしまったことをぼくは悔いた。だからといって、それを取り繕うのももう面倒だった。ぼくは、ただこの部屋にカギを閉め、すべてを葬りたかった。だが、閉められたものが中で勝手に終わりを告げる訳でもない。すべては明日につながるようにできているのだ。そして、明日の体力につながるものをぼくは食べた。ユミと咲子も古くからの友人のように、楽しそうにぼくの前で会話をしていた。

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