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爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
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償いの書(12)

2010年12月31日 | 償いの書
償いの書(12)

「どうだった、こっちは? あまりいっしょの時間をとれなくてごめん」
「ううん、いいよ。楽しかった。妹さんの大事な時間だから、そっちを優先させないと、でも、きれいだったね。あんなに女性っぽくなっているとは、知らなかった」裕紀は、二次会に来てくれた。彼女の存在があることに、多くのひとは驚くことになる。そして、ぼくへの賛同や無神経さへの軽蔑の両方の感情が、それぞれのひとに表れた。そして、裏切られた人間の優しい許容の気持ちへの賛歌も同じようにあった。「あの子は、どこまで優しいのだろうか」という感じで。そして、だまされる運命が待っているのではないかという人間の切ない気持ちもそこに含まれているのかもしれない。そうしないと誓ったはずなのに、簡単にぼくのことを信じられない周りのひとがいた。

 ぼくは、家の車を借り、裕紀をとなりに乗せ、車を走らせている。彼女は、今朝、ホテルをチェック・アウトしたので荷物をトランクに入れてある。彼女の手には缶ジュースが握られ、それを開けようともしないまま会話がつづいた。

「昨日、ゆり江ちゃんに会った。彼女も大人になっていた」
「そうだろうね。妹と同級生だから24歳」
「ひろし君の空白の期間の記憶を埋めてくれる話題をたくさん聞いた。ちょっと詳しすぎて戸惑った」
「あの子と・・・」
「なに?」彼女は、やはりだまされる運命が今後、待っているのではないかという恐れをぼくは感じていた。
「いや、あの子にアパートの部屋を見つけてあげた」
「それも言ってた」
「でも、それぐらいだよ」

「あの女性との交際がはじまって、ひろし君のことを許せないとも言ってたけど、それはわたしが苦しんだからと思っていたから、それぐらい小さいときのわたしたちは姉妹のような感じで仲がよかったの。でも、それは違うしもう終わったことだから、と否定しておいた。でもね、ひろし君を知ってから、そんなに悪いひととも思わないようになったって」
「悪い人かもしれないよ」
「アパートも見つけてあげたし」
「だって、仕事上のお客さんでもあるわけだし」
「それだけ」その微妙な質問にぼくは答えられないでいる。彼女も別に問い詰める気もないようだった。

 車は快適に走り続け、目的地についた。そこには、彼女の祖母が眠っているはずだった。ぼくは、彼女が高校生のときにいっしょに来たし、その後、ひとりで思い出をたどりながら来たこともあった。

 生い茂っている草を掻き分け、ひとつの墓石を見つける。そこには、まだ新しい花が残っていた。

「お兄ちゃんの奥さんが、よく来るとも言ってたので、それかな」といい、彼女は自分の持っている分を広げ、交換した。ぼくは、自分がどうしようもない間抜けであることを、そこで知る。そこは、彼女の祖母も当然いるはずだが、いなくなった両親もそこに含まれていることは忘れていた。

 ぼくは、彼女が目をつぶりなにかをこころのなかで話したがっている様子なので、自然とそこから少し離れた場所に陣取った。さらに、背中を向け、彼女の孤独感を哀れみ、またそれに対峙しない自分の意気地のなさも感じていたのだった。
「わたしは、お祖母ちゃん子だった」
「前にも言ってたね」
「うん、どうしようもないぐらい優しいひとだった」こちらに近付いてきた彼女は、そう言った。目がいくらかだけだが赤くなっていた。
「そのひとに、似たんだね、たぶん、裕紀は」

 彼女は、そう言われることに驚いたように不思議な表情をした。目は大きくひらき、眉毛がすこしだけ上がった。ぼくは、そのような表情があることをその青空の下で知ったのだった。

「あの何分の一しかない」という曖昧な表現を彼女はつかった。その言葉が本当なら、いささかも信じていないのだが、彼女は当然のように優しい、しかし、その言葉が本気で用いられたのなら、彼女の祖母はどれほどの暖かさを有しているのだろう、とぼくは考える。

 ぼくらは、また車内に戻り、少し離れた場所に向かって車を走らせた。彼女は義理の姉から鍵を借りていた。そこには、彼女の家族の使わなくなった家が残っていた。目的地は、それでも誰かの手でいまでも整備されているのだろうか、長年、使われなかった家のようではなかった。ぼくらは、門の戸を開け、ぼくは芝生がある庭に向かった。そこは、ぼくらふたりにとって大切な場所だったのだ。彼女は、玄関から入り、庭に面している窓を開けた。ぼくは、その廊下に腰を下ろし、いままでのぼくら二人に訪れた歴史のことを考えている。もっと、長い期間にでもなった可能性はあったのだが、ぼくはそれを途中で投げ出した。その間にも、とても大切な女性がいたのだが、裕紀に憎まれているという不確かな事実に脅えていた。しかし、それは杞憂にすぎなかった。安堵と同時にぼくは自分のしでかしたことを今更ながら反省している。けれども、その感情が含まれての歴史なのだ、という開き直りもあった。

「ここ、覚えてる?」と、裕紀はいった。
「もちろん、忘れることなど出来ないよ」そこは、ぼくらがお互いのことを濃密にしった場所なのだった。
 彼女は、ぼくが振り向くと、きれいな瞳をまぶたをつぶって隠した。ぼくは、その美しさとイノセントさを見ながら顔を近づけた。