(37)
朝、由紀ちゃんは女性らしい素敵な服装であらわれ、ぼくを間違いなく魅了したのだった。昨日のうちに友人に話し、ぼくは別行動をとることを告げていた。彼らは、それで問題がないようだった。
実費の分だけ精算し、ぼくは荷物を抱え、駐車場で待っている由紀ちゃんのところに行った。車のドアを開け、となりに座りこんだ。彼女は、パット・メセニーが好きで、その一瞬やわに聞こえるギターが車内に流れていた。
「友だちは変に思わなかった?」
「いや、ひとりで運転するより、同乗する人がいた方がはるかに楽しくなるよ、と言って賛成してたよ」
車は走り出し、まわりの風景も適度に変わっていった。冬の樹木から、海岸線に変わり、すこし窓を開けると、潮のにおいがいくらか漂ってきた。そして、そのことは開放感につながった。
「いいにおいだね」と彼女は、横目でちらとこちらを見て、ささやいた。
「そうだね」とぼくは、いくらか眠たい体を深くシートに沈めながら、また、窓を閉めた。
海岸線のお土産屋を何軒か通り過ぎたが、自分にも必要だったことを思い出し、どこかのひとつに寄って、とお願いした。
典型的な干物を店先に並べている前に車を着けてもらった。これなら、配っても誰も嫌がらないだろうということで、小さな瓶に入っているものをいくつか物色した。
そこから、家まで何事も起こらないだろうと安心していたのだが、急に由紀ちゃんはまじめな顔つきになり、言い出しにくいことなんだけど、と言って少しの間だけ黙った。
その間に、パット・メセニーは、やわな音楽ではなくある面ハードな音楽なのだなと、考えをあらためる時間があった。
「ニューヨークに留学することになった」
ぼくは唖然とし、「えっ」という言葉を、ふと出してしまったと思う。
前の彼氏ともそのことは話しており、そのことが二人の溝を作ってしまったとも語った。「そうなんだ、それなら仕方ないよね」と理由を聞いた自分は言った。その理由とは、彼女も遊んでばかりいたわけではなく、雑誌社を仕切る立場に参入するため、コネと語学を身につける必要と、兄からの命令があったらしい。この辺は、自分ひとりで、生き方の判断をすればよいだけの自分には分からなかったが、違うよその国には、それに見合った違うルールがあるのだろう。
「空港まで送りに来てくれる?」
「もちろん、行くよ」と、平然とした顔をつくり、口調にも気をつけ答えた。ぼくは、このことにいたくショックを受けていたのだろうか。
それから数日して成田にいる。いくつかの荷物のまわりにぼくは陣取った。彼女の友人も何人かいたので、親密に話す時間はあまりもてなかった。この前の車内での会話が、遠い記憶にかわっていく。彼女の様子は、さびしい気持ちがないといったら嘘なのだろうけど、そうした素振りはあまり見せなかった。それより、若い女性に特有なものだと自分は考えている、この後の未来に焦点があっているような、後戻りはできないという印象的な表情だった。そして、しばらくたって彼女は手を振り、ぼくも手を振った。
職場に午後にもどると、部長の視線とあった。いつも怖いが、きょうはそんな表情より、いたわりの方が強いような目だった。たぶん、ぼくの行き先を知っていたのだろうか。ぼくは、わざと聞こえるような声で、取材先の名前を口に出し、疲れたという嘘の告白までした。
朝、由紀ちゃんは女性らしい素敵な服装であらわれ、ぼくを間違いなく魅了したのだった。昨日のうちに友人に話し、ぼくは別行動をとることを告げていた。彼らは、それで問題がないようだった。
実費の分だけ精算し、ぼくは荷物を抱え、駐車場で待っている由紀ちゃんのところに行った。車のドアを開け、となりに座りこんだ。彼女は、パット・メセニーが好きで、その一瞬やわに聞こえるギターが車内に流れていた。
「友だちは変に思わなかった?」
「いや、ひとりで運転するより、同乗する人がいた方がはるかに楽しくなるよ、と言って賛成してたよ」
車は走り出し、まわりの風景も適度に変わっていった。冬の樹木から、海岸線に変わり、すこし窓を開けると、潮のにおいがいくらか漂ってきた。そして、そのことは開放感につながった。
「いいにおいだね」と彼女は、横目でちらとこちらを見て、ささやいた。
「そうだね」とぼくは、いくらか眠たい体を深くシートに沈めながら、また、窓を閉めた。
海岸線のお土産屋を何軒か通り過ぎたが、自分にも必要だったことを思い出し、どこかのひとつに寄って、とお願いした。
典型的な干物を店先に並べている前に車を着けてもらった。これなら、配っても誰も嫌がらないだろうということで、小さな瓶に入っているものをいくつか物色した。
そこから、家まで何事も起こらないだろうと安心していたのだが、急に由紀ちゃんはまじめな顔つきになり、言い出しにくいことなんだけど、と言って少しの間だけ黙った。
その間に、パット・メセニーは、やわな音楽ではなくある面ハードな音楽なのだなと、考えをあらためる時間があった。
「ニューヨークに留学することになった」
ぼくは唖然とし、「えっ」という言葉を、ふと出してしまったと思う。
前の彼氏ともそのことは話しており、そのことが二人の溝を作ってしまったとも語った。「そうなんだ、それなら仕方ないよね」と理由を聞いた自分は言った。その理由とは、彼女も遊んでばかりいたわけではなく、雑誌社を仕切る立場に参入するため、コネと語学を身につける必要と、兄からの命令があったらしい。この辺は、自分ひとりで、生き方の判断をすればよいだけの自分には分からなかったが、違うよその国には、それに見合った違うルールがあるのだろう。
「空港まで送りに来てくれる?」
「もちろん、行くよ」と、平然とした顔をつくり、口調にも気をつけ答えた。ぼくは、このことにいたくショックを受けていたのだろうか。
それから数日して成田にいる。いくつかの荷物のまわりにぼくは陣取った。彼女の友人も何人かいたので、親密に話す時間はあまりもてなかった。この前の車内での会話が、遠い記憶にかわっていく。彼女の様子は、さびしい気持ちがないといったら嘘なのだろうけど、そうした素振りはあまり見せなかった。それより、若い女性に特有なものだと自分は考えている、この後の未来に焦点があっているような、後戻りはできないという印象的な表情だった。そして、しばらくたって彼女は手を振り、ぼくも手を振った。
職場に午後にもどると、部長の視線とあった。いつも怖いが、きょうはそんな表情より、いたわりの方が強いような目だった。たぶん、ぼくの行き先を知っていたのだろうか。ぼくは、わざと聞こえるような声で、取材先の名前を口に出し、疲れたという嘘の告白までした。