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物語の連鎖
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存在理由(29)

2010年12月06日 | 存在理由
(29)

 なにかに手をそめる歴史が長ければ長いほど、影響は他にまでも及ぶ。

 外国では、サッカーのシーズンが始まっていた。頭を下げて教えてもらう必要がある人たちもいる。ただ、現地に行って取材を通して報告というかたちをとって、別の誰かが啓蒙を受けてしまう場合もある。

 みどりの勤めている出版社の雑誌の売り上げは伸びていた。そこで、各国のプロ・リーグの状況や視察をかねて、記事にするという仕事が舞い込んだ。彼女は、ぜひ、オランダに行きたいと希望を出し、そのことが叶った。彼女が言うには、日本のサッカーがお手本にするのは、オランダがいいのではないか、とのことだった。能力ある選手もそれはいたが、一致団結するというイメージがそのチームにはあった。

 プロ・リーグがない日本には、ワールドカップという世界的な対戦には、まだまだ遠いレベルらしい。古い言葉だが切磋琢磨が少ないのだろうか。とにかくも、彼女は荷物をまとめる。

「お土産になにがほしい」
 と、尋ねられたが、人はオランダに対して、どのようなイメージを掴んでいるのだろう。風車やチューリップ。どちらも、自分の家では必要としない。
「小さなメモ帳か、片手でつかめそうな写真集」

 と漠然とした答えをしたぼくを、彼女は怪訝そうな表情で手を休めてこちらを見た。多分、そうなるだろう。

 頭を下げなくても、契約として誰かを雇うことができる。その代償は当然のように勝利だ。

 その後、日本ははじめてサッカーの代表監督をあるオランダ人に頼むことになった。また、その地でも活躍する日本の選手が出てきた。しかし、それはまだ少し先の話だった。

 違う言語では瞬時に理解し合えないもどかしさもある。だが、明治になった日本は、まっさきにそのような形をとった。それは、結果として成功した。それには、焦りも介在し、なによりも知識欲が受け手にないと失敗してしまう。

 みどりはパスポートをもち、旅立った。筆まめな彼女から、直ぐにハガキが来た。快適な街並みと、ぼくの近況をたずねていたが、数日でそう変わることもそうはない。しかし、遠く離れた存在になると、長所だけがやけに目立ってくるものらしい。
 その頃は、目立った仕事は与えられず、資料を整理したり、しかしなんて良い言葉だろう、資料を整理したり、他の人の原稿の修正を任されたり、何本か電話をかけたり、とにかく性急に終えるものはなにもなかった。ゆとりが出てくると、自然と終業後にお酒が飲みたくなってくる。

 その時、部長の妹の由紀ちゃんから電話がきた。それにしても、彼らはいくつ年齢がはなれているのだろう、と思いながら応対した。
「どこかに連れてって下さい」
 と言われ、断った場合と付き合った場合を、瞬く間に天秤にかけ、答えとしては付き合うことにした。断って、話されたかもしれない情報を聞き逃す方を恐れた。

 秋の空は、急に高くなっている。それも、もう冬の勢力に負けてしまうのも、もうすぐだろう。
 彼女は、緑色のニットのセーターを着ていた。完璧なまでの化粧の仕方をしている。彼女は、社長とも親類関係なので、ここで、ぼくは素早く警戒態勢に入ったわけだ。
 店が決まり、彼女の望みには叶ったらしく、席に座る。
「最近、頑張ってるみたいですね?」
「へぇ、知ってるんだ」
 それには、返事をかえしてこなかった。

 酔って二人は饒舌になり、さまざまな言葉が交わされる。そうすると、ただの同年代の女性として接し、なれなれしさが多く占めてくる。

 大人になれば、隠さなければならないことが増えてくる。彼女は、どこまで仕事上のことを漏らすのだろう。また、さまざまなことを口に出さずに、しまっておける人間なのだろう。酔いは限界に近づきそうだった。あまりにも長く店に居過ぎたのか、店員が片づけを始めたそうな顔をしている。彼女は小さなバックをもち、トイレに行った。ぼくは財布の中身をいまさらながら確認した。
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