岐阜・土岐市への仕事かえりに守山・志段味の古墳群に寄る。
4世紀前半から7世紀の間に、70基を超える古墳が東谷山(背後右)の西側に造られた。この大塚古墳は5世紀後年で、当時の様が再現されている。帆立型で周りに・豪が掘られていた。壁面は敷石で、周囲には埴輪が並べられた。
志段味の北には庄内川があり、この流域の有力者のものとおもわれる…以上看板にありました。
虎は死して皮のこす・・という。権力者もこのようなものを遺す。かたちではなく、思想や芸術で遺すひともあり。そのてんワタシは何も残さない。この古墳でいうなら、土を盛り石をはこんだ人々の一人でしょう。
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