名古屋市名東区「赤帽タケフジ運送」のふみ箱

赤帽の車窓から見える光景

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052-772-5880

カンペイちゃんのPSA検査

2010年11月30日 | 朝な夕なのこと

 持病があるので定期に血液検査をする。今回は「PSA検査」を加えた。アースマラソンをしている寛平ちゃんのメッセージを見たのがきっかけでした。彼は今中国の青島(チンタオ)を目指し走っている。私より少し若いだけです。ただ驚嘆します。  彼はこの走りの途上で前立腺ガンを宣告された。その治療をしながらのマラソンです。ガンバレ~

 その「前立腺ガン」をチェックするにはこの「PSA血液検査」が一番よいのです。簡単で安い!男にしかない臓器で年間4万人以上の発生があるといいます。オトコにとっては一番のチェツク事項です。50歳をこえればなおさらのことです。

 本日チョイト不安を抱いて、結果を聞きにいきました。数値は「3.09」でセーフでした。6以上になるとガンの可能性ありといいます。あれこれ心配な歳になってしまいました。それに振り回される「健康オタク」にはなりたくありませんが・・・

 医者の帰りに酒屋により、いつもよりチョツト高い酒を求めました。つかぬまの「健康」がうれしかったからです。タンジュ~ン!!

 人は自分が一番いとおしいんですね。それは、通り過ぎる他人も同様に思っているんだなぁ~と思い返すと、刺々しいいつもの人間関係が異なって見えてくるようだ。人に優しくなれるような気持ちになったかなぁ~なんて・・・

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法事

2010年11月30日 | 朝な夕なのこと

11/28(日)

 母の一周忌法要でした。兄の家にて執り行う。母の兄弟、甥、そして私達子供一同、総勢20名でした。幸い仏間があり、大勢の人が集える場があるのでありがたい。最近は、田舎造りでない限り、個人宅での葬祭はできなくなってきた。葬儀式も家族葬で済ますケースが多くなる。知らぬ間に知り合いがポッリと葬られ、喪中ハガキ一枚にてのお別れです。

 先日雑誌にて驚いた数字があります。年間三万二千人の「無縁死」があるそうです。そのうちの千人は名前すら判らず葬られるそうです。人とのつながりが希薄になり、孤立しているということでしょうか。悲しい数字です。

 この日は夕方に絵画5件の配達があったので、皆と共に飲むことができなくて残念でした。無事法要は済みました。私と妻の両親は、私の母が最後の看取りでした。親類や兄弟も歳とるのも当然ですね。

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クタビレタぞ~

2010年11月27日 | 私のなりわい・運送のこと

 11/27(土)

 くたびれました。昨夕、家具を積み込み、本日早朝4時スタート。茨城県・取手市まで。家具はガラス張りの飾り棚です。高さ180・幅80、観音開きの正面は曲面ガラスの扱いにくいものです。電話見積もりでは、「積み下ろしに手伝いの人あり」でした。積み込み現場に行ってみると、女性一人!「あぁ~あ」です。さっそく相棒にTEL。積み込みはなんとかなる。しかし相棒への支払いは自腹です。

 着地での手伝いも気になり、TEL。男手はあるものの高校生とのこと。一抹の不安を抱きながら出発。

 着地現場は、1階のサッシの掃きだしからの入れ込みでしたので、チョット不安だった高校生でもグゥ~でした。

 昼飯食べて、あとは20分間の休憩だけで7時間走りづめてした。夜7時半に帰宅。

 走行時間・15時間。全走行距離840キロ。・・・クタビレタゾ~ 

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深夜の電話

2010年11月24日 | 私のなりわい・運送のこと

 夜中の2時過ぎ携帯が鳴る。ねぼけた声での応答。時々ハンドで行く、九州・大分県のK工業のTさんからでした。名東区からパーツを引き取って、朝一番の新幹線にて届けてとの依頼でした。ボーッとしたまま引取りに行く。2時45分に取りました。しかし受け取った荷物が重い!16キロある。朝は5時に家を出なければならんので、コタツで時間を過ごしました。

 現地は11時前に駅にて引渡し終了。普段の新幹線での帰りは新聞や本などを読むんですが、本日は”2時起きのせいか終日ボーッとしてました。そしたら、新幹線内にて仕事依頼のTEL.トンネルの多い山陽新幹線です。ブッ・ブッ切れの連続。こちらも、顧客もイライラ状態。配車はなんとかなりましたが、本当に新幹線内のTELはきらいだ。

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連休の谷間・・うごく

2010年11月22日 | 私のなりわい・運送のこと

 11/22(月)

 連休谷間、晩秋の雨です。土日は全休でダラダラでしたが・・・

 赤帽仲間依頼の引越し。二人で順調に終わる。雨の中でもありがたい仕事でした。百戦練磨の引越し稼業の彼が、珍しく弱音を吐く。「ボチボチやめようかと・・・景気も悪く、体もガタがきている」・・・と。このテの言葉には返答ができないんです。安直な慰めなんぞはムイミだから・・・。

 終了し、昼飯しようと思ったらTEL。長野県・坂城町まで。全行程雨でした。信濃の紅葉は雨の中でした。仕事がないときに、二三百キロの走りがあるとビッシとなります。

 往還七時間あまり、ラジオもほとんど聴かず、淡々と運転する。あれこれの想いが去来するがままに過ごす。こういうのはチョツト脳にとってヤバイかもネ。

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お見舞いと温泉

2010年11月21日 | 朝な夕なのこと

 旧友の夫婦と、同じく旧友との四人で見舞いに行く。見舞った友は感染症にかかっていた。持病の糖尿もあり、入院が長引いている。彼の仕事は塗装業だ。即入院と聞いたときは大変当惑し焦ったという。自分に引き当ててみればその困惑は身につまされる。幸い息子が親の後を継いでやっていたので、なんとかなっているようだ。しかし見積りとか段取り等を教えていないので混乱していると・・。しかし思いようで、この期に息子が一皮むけて一人立ちできるのでは・・と思う。なにが幸いするかわからぬもんです。もひとつの幸いは、長年いい加減にしてきた糖尿を根本的に治療することになったことだ。再起してくださいよ。

 見舞いの後に即さようならというような仲ではない。藤岡町の「竜神の湯」へいくことになる。昼に着きまず食事。名物の「どぶろく」をのみながらです。この温泉は古民家を改修した造りです。落ち着いた雰囲気があります。たらふく飲み食いしてから温泉を楽しみ帰る。この酒のために、友人は妻を同伴したわけです。帰りの運転手ですよね。のんべいのおっさん達としては用意周到ですなぁ~。

 帰る頃は夕焼け、西三河の山々の紅葉を車に揺られ、ウトウトと眺め贅沢な時間を過ごさせてもらいました。

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あっという間のモミジ狩

2010年11月20日 | 朝な夕なのこと

009_2   連休は、恐ろしいことに仕事予定なし。されば妻娘三人で紅葉を楽しみにいこうと・・なったんですが・・その結末は・・・?

 行った先は、美濃インターより数キロ先にある、「大矢田神社のもみじ谷」です。11月23日には中世より伝承された「ひんここまつり」があります。無形民俗文化財に指定されている。ゆっくり見たいんですが。

 神社楼門の前後のヤマモミジは見事の一言です。門をくぐってのモミジを逆光に眺めると、鈍感なワタシでも水晶の目をもったのかと、時を忘れるほどの光明でした。本殿までの階段はたいしたことはないんですが、発作持ちの娘と昇るのはきっかった。幸い何事もなく参拝しました。

 あとは屋台であれこれ食べようかと思いきや、娘の発作あり。腰が抜けてドスンと座り込むパターンのもの、キツイ痙攣はないが、失禁のおまけつき。たまたま着替の持参なし。スットビカエルとなりました。メチャクチャシヨートカットの紅葉狩りとなりました。

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信長の伯母の墓に出会う

2010年11月18日 | いにしえから学ぶ

014_2  紅葉を楽しんで歩いた平和公園。手すりにもたれかけ、下をみる。変った墓石に掘られた文字をみてビックリ。「織田信長公伯母君也」とある。そこは「梅屋寺」の墓地でした。五輪の塔が、L字型の別の墓石に乗っている。戒名は「梅屋慶香大姉」とある。天文二十一年任子三月二十四日。五輪の塔には文字はなく、文字はすべてL字型の石に彫ってある。「当寺造建」と戒名の頭に明記されていた。

 天文二十一年は1552年です。その前年に信長の父、信秀が没して家督を17歳の彼が継いでいる。その翌年に伯母はなくなっている。梅屋寺はもと清洲にあったらしく、そこに葬られたということは、遠方に嫁いだのではないと推測。寺は現在清洲越えで?名古屋の東桜にある。

 この時代の家系図は男子にっいてははっきりと書かれているが、女性はアバウトです。この伯母の実名はわからない。

 同じ叔母でも岩村城の女城主といわれる「おつや」の方は有名です。武田側についた信長の叔母であるが、彼の怒りをかい、1575年に逆さ磔刑となった。これは梅屋寺の伯母が亡くなってから23年後のことです。

 この二人の姉妹(信長の父、信秀の姉と妹)、姉の生き様はわからねど戦国の世はすざましい。013

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チョット・・くらぁ~いぞ

2010年11月17日 | 私のなりわい・運送のこと

 11/16(火)

 本日は3件の仕事。その中の一件。

 アパートを管理する人からの依頼。アパート住人の荷物移動。そのアパートは昭和30年初期のもの。半世紀まえのものです。老朽化したので、 閉鎖し住人が出ることになった。なんせ古い。住人も老人。生活保護者が多かったという。最近立て続けにその方々が亡くなったという。その部屋をのぞくと、残骸そのものでした。

 このような現場に時々立ち会うことが増えた。貧困そのものは昔からあるが、現代のそれは、普通の生活してた人が翌日に、いとも簡単に落ち込んでしうまみたいだ。病、失業、ローンの滞り、事業の失敗・・・あっという間に落ちてしまう。 一見豊かそうな世ですが、転落を防ぐセイフティーネツトが薄くなったんでしょうか。最も薄いのは人情でしょう。現代の市民生活というものは案外幻想なのかもしれん。昔は転落する前に縁を頼ってこらえることもできたが、今は無縁社会である。頼る人はあっても頼れない・・そんな孤独地獄もみえてくる。

 軒下の植木鉢がうかびます。目の前に雨は豊かに降っても、鉢の植物は一滴も得ることなく枯死していくような・・・

 ちょっとくらぁ~いですね。ヤメ!ヤメ!!

 

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「陳」さんの畑

2010年11月15日 | 朝な夕なのこと

 隣の団地に中国人の陳さんが住んでいる。「陳」さんと書いたが実名ではない。私が勝手に名づけただけです。背が高く、痩せている。満州族?であろうと一人合点に思っている。

 町の駐車場の脇地で畑仕事をしてる。傾斜地の駐車場ですから、斜面が二箇所ある。そこを利用している。もう三四年になろうか。もちろん彼の土地ではないでしょう。長きに渡り耕作しているのだから、駐車場の地主さんも承知してのことでしよう。駐車には全く差し障りのないところですので、100㌫有効利用といえます。

 以前は草ボウボーで、空き缶、ゴミが一杯でした。そこをきれいに整地し、階段状の段々畑にしたのです。今では狭いながらも立派な畑となりました。季節の野菜が町の駐車場にできてます。見た目もキレイ、なによりも食料になるんですから一挙両得です。ただ水遣りはたいへんです。夏はポリタンで団地からの水運びを何度もみました。 陳さんは中国でもきっと農業をしてたんでしょうね。土と水、そして太陽さえあれば生きていける・・・ということを教えてくれます。 オット一番大事な要素がぬけてました。それは「陳」さんのどんな場所でも畑をつくりたいという意欲ですね。

 今日はカブを取ってました。けっして立派とはいえぬものでしたが、大事に収穫してました。

 

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赤帽さんに頼んでよかったわー

2010年11月14日 | 私のなりわい・運送のこと

11/14(日)

 午後より二件仕事。洗濯機をマンシヨン5階から降ろすだけの仕事を手伝って・・という青年からの依頼です。エレベーターではあるが、乾燥機付きの重いヤツ!!お客さんも重いのに閉口しての依頼です。私もソイツは苦手です。大体洗濯機はバスルームの狭い脱衣場に置いてある。更に乾燥機付きはデカイ!何度もはまった経験上、引き受けるのに二の足を踏んだ。結果暇よりはと・・・受けたんです。

 現場を見るまでは少し緊張する。タオル掛けの出っ張りや、ドアの厚みが障害するので、外してやりました。それをクリアーすれば後はすんなり終了でした。

 依頼の青年はずいぶんと難儀する覚悟だったらしく「案外簡単にいってよかったわ。赤帽さんに頼んでよかったわ~」と・・なによりのコトバでした。

 後一件は絵画展の引き上げです。それは夕方からです。一服してから行きます。

 

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墓あるき

2010年11月13日 | いにしえから学ぶ

 名古屋東部の丘陵地帯にある、平和公園は、戦後市街地の区画整備のために、各寺院の墓碑を18haの敷地に集めた公園です。春は桜、秋は紅葉そして釣りができる池あり、四季を楽しめる名古屋人の憩いの地です。

 近いとこですので、散策によく行きます。ここには歴史上有名な方達の墓があります。今日はその一つを紹介します。

 忠臣蔵四十七士の「片岡源五右衛門」です。彼は尾張藩の熊井重次の妾の子で、赤穂へ養子に行った人です。若いころから藩主浅野長矩に仕え寵愛された。禄も三百五十石となり、赤穂浪士のなかでも大石に次ぐものであった。主君     浅野長矩は刃傷後、田村屋敷に囚われ、即刻切腹となった。彼の最後をみたのは片岡であるといわれる。この決別のシーンは忠臣蔵の名場面の一つです。

 討ち入りを覚悟した片岡は、尾張の親類に累が及ぶことを考えて、事前に義絶していた。しかし江戸時代のことです、実家の熊井家は遠慮(家に閉居)、従兄弟も自分遠慮(自ら閉居)となった。期間は二ヶ月ほどでした。

 さてその墓は、主君と同じ泉岳寺にあり、また彼の出自の地である名古屋乾徳寺にもあるということです。

 平和公園の墓地歩きはきもちよいです。犬も歩けば・・ですね。001

 

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気力不足

2010年11月11日 | 私のなりわい・運送のこと

 11/11(木)

 二日間鳴かず飛ばずでした。本日は大阪引取り。朝6時に家をでる。9時過ぎに到着、引き取り、スットビかえる。新名神ができてから距離が短くなり、早く済むようになる。昼の定期仕事にもまにあってしまいました。

 夕方には田原行きも入り、なんとか帳尻を合わせる。ありがたしでした。

 帰り道に、明日朝の仕事の打診が仲間より入る。昼までにすむものなら何とかできるが、時間的に多少むりっぽいので断ってしまった。気力不足です。こんなこともあります。

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このムリはしたかったのに!

2010年11月08日 | 朝な夕なのこと

 11/8(月) 

幸運にも3件連続に仕事出る。最後は夕方の豊橋いきでした。6時前に済む。今夜は医者へ行って血液検査と尿検査の結果を聞きにいかねばならんので急ぎ帰る。

 結果は二箇所±となる。なんだかいやですが・・・。ただちに精密検査というわけでもなし。

 体は加齢にしたがい次第にくたびれ、故障してくる。それを「なだめごまかして」やるようなもんですね。体のことばに耳を傾けなければいかん歳になってきた、ということです。この水が低きに流れるような加齢に、あがらってもしかたない。もちろん「超ムリ」も減らしていかんといけない。そこそこに付き合っていくということでしょう。

 明日は千葉・市川行きがなくなった。これくらいのチョイ「ムリ」はしたかったのに!

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搬入は裏から・・今日は表から

2010年11月07日 | 朝な夕なのこと

11/6(土)

 仕事なし。全休となる。絵画・展覧会の案内状が叔父からきてたので行ってみた。名古屋の博物館です。見事に賞をとってました。干し網越しの港の光景でした。網の目が緻密に描かれ、それを透かして漁港を見渡す構図でした。門外漢ですが色彩をかなり抑え、そこからただよう港の静寂感はよかったです。

 絵画といえばいつも運送する立場です。いつも搬入口の裏方です。たまには表からも入ってみるもんですね。

 芸術の秋、もう一件絵画の案内状がきてます。それは先に運送したお客さんからです。7日までです。こちらは少し遠く、行かれるかどうかわかりません。

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