壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

蚊遣火

2009年07月20日 23時02分07秒 | Weblog
        蚊遣して婆云ふ「うまく老いなされ」     不死男

 蚊遣(かやり)は、蚊を追い払うために、煙をくゆらし立てること、また、そのものを云う。
 今は、電気や電子によりマット状のものや液体状のもので、蚊遣の役目をするのが一般的になった。拙宅も液体状のものを使っているが、渦巻状の蚊取線香も母は好んで使っている。

 近頃の建築には、ほとんどサッシのドアが多くなったので、室内に蠅や蚊が侵入することは、ずいぶん少なくなった。しかし、以前の夏には、これらの有害昆虫のために夏は困らされ通しだったのである。
 そこで、夏の風物として、欠くことの出来ないものが「蚊遣火」であった。

        蚊遣火の煙の末をながめけり     草 城

 「蚊遣」といえば、除虫菊の粉末を練り固めて渦巻状に型抜きをした蚊取線香が主役であった。明治十九年(1886)、アメリカから輸入した除虫菊が蚊遣の主役を占めるまでは、いろいろな材料が蚊遣に使われていた。
 まず、榧(かや)の木である。榧の木の木屑や大鋸屑(おがくず)・葉っぱなどを燻すと、蚊遣の効果があるというので、「カヤリノ木」から榧の木という名が出たという説があるほどである。
 榧に限らず、杉や松の青葉、楠の木屑、無花果の葉など、匂いの強い木には、蚊遣の効果が認められている。

        煙ゆゑ 塩屋とよそに 思ふらし
          蚊遣火立つる 住吉の里

 という慈鎮和尚の歌に見られるように、塩釜の煙と見違えられるほどに煙を立てて焚く蚊遣火とは、さぞ大がかりなものであったのだろう。

        兄妹に蚊遣は一夜渦巻けり     波 郷

 アメリカから輸入されて、抜群の効果を認められた除虫菊の粉は、これを練って渦巻状の線香にする以前、除虫菊の花ばかりでつくった粉を平にならした火鉢の灰の上に、細長く渦巻状に敷いて片方の端から火をつけて使っていた。
 それが、渦巻状の蚊取線香が発明されて間もなく、明治三十一年(1898)にはアメリカへ逆輸出するほどの勢いであった、ということである。


      履物をそろへて脱げば蚊遣香     季 己