壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

はかなき夢

2009年07月17日 21時06分16秒 | Weblog
          明石夜泊
        蛸壺やはかなき夢を夏の月     芭 蕉

 「蛸壺(たこつぼ)」は素焼きの壺で、海中に吊り下げ、蛸の入るのを待って引き上げる。明石では蛸が多くとれたので、実際にその様子を見聞したものと思われる。

 蛸壺は、眼前の海中に深く沈められて、その上に、明けやすい夏の月が照り渡っている。
 蛸壺の中で何の懸念もなく、蛸の夢見ている姿がふと胸に浮かぶ。その夢は一夜明ければはかなく破れ去るものだということに、深い感慨を催す。
 明るく冴えた月も、明るければ明るいほど、明けやすくはかない夏の月であることを感じさせる。その明るい光の中で、蛸への哀隣は、芭蕉の短夜の旅泊の思いと、ひそかに通い合っていたものであろう。

 「明石夜泊(あかしやはく)」は、「明石に一泊して」というのを、漢詩的に言ったもの。
 四月二十五日付惣七宛書簡に、「此の海見たらんこそ物にはかへられじと、明石より須磨に帰りて泊る」とあって、実際は、この日須磨から明石へ行き、さらに須磨に引き返して泊まっているので、「明石夜泊」は、この句の効果を上げるための仮構である。俳句は、事実の説明や報告ではないので、このようなことは、よくあるのだ。
 季語は「夏の月」。その明けやすい短夜の月の感じが、みごとに蛸壺の蛸のはかない夢と滲透した使い方である。
 この蛸壺の蛸が、どこかの国の首相に思えてならない。

    「蛸は壺の中で、はかない一夜の夢をむさぼっている。短い夏の夜が明け
     ると、海から引き上げられてしまうのも知らずに。その海上を、短夜の
     月が無心に照らしていることだ」


      こころ足る夜のベーグル蕃茄熟る     季 己

           ※ 蕃茄(とまと)