壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

夕顔

2009年07月10日 21時00分47秒 | Weblog
        淋しくもまた夕顔のさかりかな     漱 石

 七~八月ごろ、夕べに白い花が開き、朝になるとしぼむ夕顔の花。蔓が伸びてひげが絡むので棚を作ったり、畑でも栽培する。
 夕顔といえば、ふつう、花のことをいい、『源氏物語』でよく知られている。秋になると、大きな果実から干瓢をつくる。

        夕顔に車寄せたる垣根かな     子 規

 どこかで聞いたような見たような場面。そう、『源氏物語』夕顔の巻の光源氏が、初めて夕顔の宿に立ち寄った一場面である。

     お車も出来るだけ目立たなく略式にしていらっしゃるし、先払い
    の声も止められているので、自分を誰だかわかりはしないだろうと
    気をお許しになって、少し車からお顔を出して覗かれますと、門は
    蔀戸のようなのを押し上げてあり、中も手狭で、見るからに粗末な
    小さい住まいなのです。しみじみそれを御覧になるにつけても、ど
    うせこの世はどこに住んでも仮の宿りにすぎないのだと、よくお考
    えになってみれば、金殿玉楼もこのささやかな家も、所詮は同じこ
    とだとお思いになります。
     切懸のような粗末な板塀に、鮮やかな青々とした蔓草が気持よさ
    そうにまつわり延びていて、白い花が自分だけでも楽しそうに、笑
    みこぼれて咲いています。
     「そちらのお方にちょっとお尋ねします。そこに咲いているのは
    何の花」
     と、源氏の君がひとりごとのようにつぶやかれますと、護衛の随
    身が、お前にひざまずいて、
     「あの白く咲いている花は、夕顔と申します。花の名は一応人並
    みのようですが、こういうささやかであわれな家の垣根に咲くもの
    でございます」
     と申し上げました。いかにも小さい家ばかりがほそぼそと建てこ
    んだみすぼらしいこのあたりのあちらこちらに頼りなさそうに傾い
    た粗末な家々の軒端などに、夕顔の蔓がからみつき延びているのを
    御覧になって、
     「みじめな花の宿命だね、一房折って来なさい」
     とおっしゃいますので、随身は、あの戸を棹で押しあげた門の内
    に入り、白い花の蔓を折りました。
                (『源氏物語』・夕顔 瀬戸内寂聴 訳)

 以上は、2001年9月、講談社より刊行された『源氏物語 巻一』より引用したものである。これより30年ほど前に、円地文子が訳しているので、読み比べるのも一興かと思う。それは明日のお楽しみに……。


      夕顔の花に月影 人の影     季 己