東京でも蟬の声が聞かれるようになった。
“にいにい蟬”や“みんみん蟬”は、その鳴き声を負った名であるのに、ジージーと鳴く“油蟬”やシャーシャーとはやしたてるように鳴く“熊蟬”は、蟬の外観とか鳴き方から名付けられたのであろうか。
それらの多くの蟬が一斉に鳴くのを、雨のごとく感じて蟬時雨といっている。
同じ蟬であっても、“法師蟬”や“蜩(ひぐらし)”は、秋の季語に入れられている。
無 常 迅 速
やがて死ぬけしきは見えず蟬の声 芭 蕉
芭蕉が元禄3年(1690)4月から7月まで滞在した、大津の幻住庵の実境を句にしたものであろう。
たしかに、鳴きしきる蟬にはこういう感じがあって、それが「無常迅速」という観念に結びつくのは、いわば必然の勢いというものであろう。
「無常迅速」は、おそらく一度この句が成ったあとでつけられた前書きで、最初から「無常迅速」を詠もうとしたものではないと思う。
もっとも、このころしきりに無常迅速の思いをもっていたことは、牧童宛書簡に「無常迅速の暇も御坐候はば、云々」などと見えることからもうかがえる。
中七を「けしきも」とする本がある。「けしきも」と「けしきは」とでは、たった助詞一語のちがいであるが、後者の方がずっと強くなる。
蟬の、あのしきりに鳴きたてる声を心に置くと、やはり、「は」の方がよい。
「無常迅速」は、「人生はあっという間」という意味。
だから、時間を無駄にしたくない。一瞬一瞬を無意識にやり過ごさない。怠惰に過ごしたくない。時は待ってくれないので。
無駄な時間を過ごしたなあ、と思ったことが何度あるだろう。
気持が散漫で、あれよあれよという間に時間がたってしまった時。
何をすべきか考えあぐねて思いが定まらないうちに時間がたってしまった時。
たいていのことは何かの役に立つか、教訓になっているはずだが、向かう方向の定まっていない時間はとかく無駄な時間と感じる。
さらに、自由を奪われた時間も無駄になる。自分らしくなく過ごした時間は虚しさだけ。
いつも、心の中の「正直な自分」に、問いかけながら進むのが時間を無駄にしない秘訣かも知れない。
「やがて」は、すぐに、たちまちの意。
「けしき」は「気色」で、様子の意。
季語は「蟬の声」で夏。実際の蟬の声が、発想の契機になっている。
「力いっぱい生気に満ちて鳴きつづけているこの蟬の声を耳にしていると、
これがたちまち死んでゆくものだとは、とうてい思えそうもない。だが、
しかし……」
豆腐屋のまろき背中を蟬しぐれ 季 己
“にいにい蟬”や“みんみん蟬”は、その鳴き声を負った名であるのに、ジージーと鳴く“油蟬”やシャーシャーとはやしたてるように鳴く“熊蟬”は、蟬の外観とか鳴き方から名付けられたのであろうか。
それらの多くの蟬が一斉に鳴くのを、雨のごとく感じて蟬時雨といっている。
同じ蟬であっても、“法師蟬”や“蜩(ひぐらし)”は、秋の季語に入れられている。
無 常 迅 速
やがて死ぬけしきは見えず蟬の声 芭 蕉
芭蕉が元禄3年(1690)4月から7月まで滞在した、大津の幻住庵の実境を句にしたものであろう。
たしかに、鳴きしきる蟬にはこういう感じがあって、それが「無常迅速」という観念に結びつくのは、いわば必然の勢いというものであろう。
「無常迅速」は、おそらく一度この句が成ったあとでつけられた前書きで、最初から「無常迅速」を詠もうとしたものではないと思う。
もっとも、このころしきりに無常迅速の思いをもっていたことは、牧童宛書簡に「無常迅速の暇も御坐候はば、云々」などと見えることからもうかがえる。
中七を「けしきも」とする本がある。「けしきも」と「けしきは」とでは、たった助詞一語のちがいであるが、後者の方がずっと強くなる。
蟬の、あのしきりに鳴きたてる声を心に置くと、やはり、「は」の方がよい。
「無常迅速」は、「人生はあっという間」という意味。
だから、時間を無駄にしたくない。一瞬一瞬を無意識にやり過ごさない。怠惰に過ごしたくない。時は待ってくれないので。
無駄な時間を過ごしたなあ、と思ったことが何度あるだろう。
気持が散漫で、あれよあれよという間に時間がたってしまった時。
何をすべきか考えあぐねて思いが定まらないうちに時間がたってしまった時。
たいていのことは何かの役に立つか、教訓になっているはずだが、向かう方向の定まっていない時間はとかく無駄な時間と感じる。
さらに、自由を奪われた時間も無駄になる。自分らしくなく過ごした時間は虚しさだけ。
いつも、心の中の「正直な自分」に、問いかけながら進むのが時間を無駄にしない秘訣かも知れない。
「やがて」は、すぐに、たちまちの意。
「けしき」は「気色」で、様子の意。
季語は「蟬の声」で夏。実際の蟬の声が、発想の契機になっている。
「力いっぱい生気に満ちて鳴きつづけているこの蟬の声を耳にしていると、
これがたちまち死んでゆくものだとは、とうてい思えそうもない。だが、
しかし……」
豆腐屋のまろき背中を蟬しぐれ 季 己