壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

金魚玉

2009年07月04日 20時25分16秒 | Weblog
        踏切を一滴ぬらす金魚売     不死男

 「金魚えーェ、キンギョ」と、声を引いて止める呼び売りは、江戸中期に登場した伝統の風物詩といえよう。金魚を入れた浅い桶を天秤棒で担ぎ、木綿の手甲脚絆(てっこうきゃはん)と旅人装束で、炎天を流して歩く。
 レールにつまづいたのだろうか、金魚売が、踏切をほんの少しぬらして行く。

 今から、何十年も前のことだろう。
 真夏の下町を、のどかな金魚売の声が流れてきて、昼下がりのまぶたを、つい、とろとろと合わせたくなったのは。
 真夏の昼の金魚売、夜店のカーバイトの灯に照らされていた金魚売、すべては遠い少年時代の思い出。

        雨降つてゐる金魚玉吊りにけり     敦

 金魚を入れて飼う、ガラス製の丸い器を金魚玉という。
 金魚鉢は、そのまま置いて眺めるが、金魚玉は、軒などに吊り下げて眺める。動きや見る角度によって、中の金魚が、大きさや形を変えて映るのがおもしろく楽しい。涼味と童心を満たす金魚玉の魅力は、いついつまでも変わるものではない。

        金魚売病める金魚を捨ててゆく     雄 三

 金魚売の声に誘われて出てみると、水槽の中の金魚は、ぴちゃぴちゃ揺られて、あまり多くもない水の中で、懸命に鰭を動かしバランスをとっている。これはちょっと痛ましすぎて、見た目にもよくない。ましてや、弱った金魚を捨ててゆくとは……。

        金魚店仕舞ふ夜更けの水流す     種 茅

 その点からゆくと、店を構えた町の金魚屋の金魚は、落ちついたものだ。昔は、ガラス屋が金魚屋を兼業していたのが、多かったと思う。金魚玉はもちろん、大小さまざまな水槽が並んでいた。
 軒には風鈴の音が、涼しさを添えていた。店先に据えた大きな水槽には、今年か去年に生まれたばかりの小さな和金や緋鯉が、無数に回遊している。水槽の上に渡した板の上には、琺瑯引きの大きな器が並べられて、ランチュウだの出目金だの、朱文金・オランダ獅子頭など、粒よりの高価な金魚が、おっとりと構えている。
 軒先の風鈴とまじって吊り下げられた金魚玉には、値段の割には見た目の華やかな琉金が、泳ぎ回る角度や、ガラスを透かす体の伸び縮みによって、その振袖姿で客の目を引いていた。


      金魚玉吊つて今昔ものがたり     季 己